9話 私が、本当に、ほしいのは
警察官の彼は、ランプの店に電話をした。 持ち去られたランプに、接着剤が塗ってあったか、どうかを、確認している。
「・・・ええ、その女性と思われる人が、交番に来ているんですよ。 ランプに接着剤が塗ってあって、手にくっついて、取れないそうなんですが・・・」
彼は、一通り、話を終えると、受話器を置いた。
私を見る目は、もう、犯人を見る目だ。
私の希望としては、そんな目ではなくて、恋人を見る目で、見てほしい。 もちろん、まだ、私の一方的な片思いだ。
「ランプに接着剤なんか、塗ってないそうです・・・・だいたい、あなたの話は、不自然ですよ。
ランプを買うつもりだったと、言ったでしょ。
だったら、どうして店で、買わなかったんですか?
ここまで来て、ランプの店への道を聞くって、おかしいでしょ?
一体、どこまで買いに行くつもりだったんですか?」
「バッグを置き忘れてしまって、あわてて、取りに戻ったんです」
「どこに、置き忘れたんですか?」
「・・・でも、あったんです」
「どこに、あったんですか?」
「道路の真ん中に・・・・」 バッグの上を、クルマが通過していた。
「きっと、誰かが、捨てたんです」
「中身は、確認しましたか?」
「・・・はい」
「無くなっていたものは?」
「・・・ありません」
増えていたものなら、ある。 お金だ。 財布の中のお金が、3万円くらいだったのが、300万円くらいに増えていた。
「本官にも、確認させてください」
「どうしてですか? 私のバッグですよ」
「確認されたら、困るものでも入っているんですか?」
「困るものなんか入っていません」 むしろ、喜ぶものが入っている。
「でしたら、見せてください。 ランプの店から、被害の連絡もあるので、持ち物を調べる必要があるんです」
だから、交番に来るのが嫌だった。 バッグの中身だけは、見られたくなかった。
ランプは、勝手に手にくっついたけど、300万円は、自分で、自分のものにしてしまった。 遺失物横領罪だ。
でも、私のバッグだし、私の財布だ。 誰かが、勝手に入れたのだ。
私が、グズグズしているから、彼は、疑いを深めている。
「何か、隠していますね?」
彼への恋心だって、隠している。 見つけてほしいのは、そっちの方だ。
私は、仕方なく、バッグを手渡した。
彼は、肌色のバッグを開けて、中身を調べている。
財布を開いて、驚いている。
「なんで、こんなに大金を持ち歩いているんですか?
こんなに入っていたのに、盗(と)られなかったんですか?」
盗(と)られなかったのではない。 入れられたのだ。
私は、正直に話すべきか、どうか、迷った。
黙っていれば、現金なのだから、私のお金だと言い張っても、わからないはずだ。
でも、私が、本当に、ほしいのは、彼だ。
ここで、嘘をつけば、彼を失いそうな気がする。
もっとも、失うも、何も、まだ私のものにもなっていない。
すると、彼は、また電話をかけている。 ランプの店へだ。
「レジの中から、現金が無くなっていないですか?」
彼は、私が盗んだと、疑っているのだ。
ー つづく ー
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