6話 運命の鐘の音
正直に言えば、交番へは行きたくなかった。 拾った財布に、お金が、ぎっしりと入っていたからだ。
でも、財布は、私の財布だ。 誰かが、勝手に入れたのだ。
でも、どうしても、ランプの店に、戻らなければいけない。 ランプを引き千切(ちぎ)って、持って来てしまった。 このままでは、万引きだ。
それに、右手に貼りついたランプを、剥(は)がしてもらわないと困る。
ところが、ランプの店への戻り方がわからない。
私は、方向音痴で、いつも道に迷っている。 そして、迷えば、迷うほど、道に迷う。 まるで、私の生き方そのものだ。
私が本当に迷っているのは、きっと私の人生だ。
もちろん、ランプの店は、スマートフォンで、何度も調べた。 でも、店の名前を覚えておかなかったことと、ランプでも、照明器具でも、検索できない。
ほかの店で聞いても、わからない。 教えてもらったのが、交番だ。 交番で聞けって、ことだ。
でも、財布のことは、話さなければいい。
ランプの店への道順だけ教えてもらえばいい。
私は、身構(みがま)えるようにして、交番へと向かって行った。
ところが、右手は、ランプが貼りついて、肘には、肌色の手提げバッグを掛けている。 それで、肘を曲げてしまっている。 右手では、ドアが開(あ)けられない。
左手にも、お菓子を入れた袋を持っているけど、持ったままでも、開けられそうだった。
それで、交番の入り口の、ガラスの引き戸を、左手で、開(あ)けようとしたら、何箱も買ったお菓子の袋が、邪魔をして、開(ひら)けない。 ガラスのドアに、開(あ)けようとしては、ガタン、ドシンっと、お菓子の箱をぶつけている。
ドアから、手を離すと、お菓子の袋も、離れる。 それで、その隙(すき)を狙って、ドアを開けようとする。 すると、お菓子の箱をぶつける。
もっと素早く開ければ、開けられるかと思って、素早くして、もっと強く、お菓子の箱をぶつけている。
まるで交番を襲撃しに来たかのようだ。
驚いたのか、見るに見かねたのか、中にいた警察官が、開けに来てくれた。
「どうしました?」
急に、透明な壁が無くなったようで、目の前に、若い男性の警察官が現れた。 間近だったから、見上げた。 背が高い。 清潔そうな顔立ちだ。 私のタイプだ。 素敵だ。
そのとき、私の頭上で、カラン、カランっと、鐘の音が響いた。 交番のドアの上に、鐘でも付けているのかと思った。
私は、仰け反るようにして、見上げた。 さんざん、ドアに、ぶつけておいて、入って来るなり、見上げているのだから、不思議な女だったろう。 不審な女だったかもしれない。
若い警察官も、見上げている。 喉も、きれいだ。 白くて、美しい。 喉仏(のどぼとけ)がセクシーだ。
「・・・・・鐘が、ついているんですか?」
「かね?」
また私は、ドキッとしている。 お金のことは、話さないつもりでいる。
「え? 今、鳴ったでしょ? カラン、カランって・・・・」
「鐘なんて、ついていませんよ」
「でも、聞こえたでしょ?」 私には、はっきりと聞こえた。
私は、突然、はっとした。 結婚した女の人が、その男の人と出会ったとき、頭上に、鐘の音を聞いたという話を思い出したのだ。
それは、運命の出会いを告げる鐘の音だ。
私が、今、聞いたのも、将来、この人と一緒に聞くはずの、ウエディングベルの音なのかもしれなかった。
ー つづく ー
Terra子屋
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