2話 財布から、中身が抜き取られることはあっても 

 

 

 

 

 

     ランプの店まで来る途中で、財布の入ったバッグを、どこかに置き忘れてしまった。  

 

     その来た道が、辿(たど)れないでいる。 道の記憶を辿れば、辿るほど、迷路にはまり込むようだ。 泣きたくなる。

 

     このままでは、さらに道に迷って、ランプの店にさえ、戻れなくなるかもしれない。 

 

     ランプの店からは、小さなランプを持って来てしまった。 まだ代金を払っていない。 罪悪感がある。

 

     もっとも、ランプが、手に貼りついて、取れない。

 

     そのランプを見てみると、驚いたことに、光っている。 ほんのりと、灯(とも)っている。

 

     右手に貼りついたまま、オレンジ、赤、黄金色の光が、ステンドグラス風に灯(とも)っているのだ。

 

     このランプは、店では、コンセントに繋(つな)がれて、灯っていた。  

 

          

 

     それが、今は、手の中で光って、まるで貴恵の心臓みたいだ。 自分の心臓を握っているかのようだ。

 

     それは、ドクン、ドクンと、鼓動しているからだ。 鼓動しているのが、ランプなのか、握っている手なのかはわからない。

 

     でも、ドクン、ドクン、としているのは、財布の入ったバッグを、どこかに置き忘れてしまったからだ。 誰かに盗(と)られたらと思うと、不安で仕方がない。

 

     ランプが手に貼りついていることも、光っていることも、不思議だけど、とにかく今は、バッグを見つけることが先(さき)だった。

 

     すると、もっと不思議なことに、貴恵のバッグが、道路の真ん中に、置かれてあった。

 

     バッグの上を、車が通過している。 

 

     どう考えても、道路の真ん中に、バッグを、置き忘れるわけはない。

 

     誰かが、財布を抜き取り、バッグを、道路の真ん中に、放り投げたに違いない。

 

     あわてて、バッグを拾いに行こうとして、道路に飛び出して、車に撥(は)ねられそうになった。 バッグを見つけて、つい、焦ってしまった。 神経が、パッと青白く光って、一瞬、光だけになった。 

 

      あやうく生命(いのち)まで落としそうになった。

 

      車の流れの、途切れるのを待っている間、とても情けなかった。 うっかりバッグを置き忘れたりしなければ、そもそも、こんな思いをすることもなかった。 

 

      そのうえ、バッグを拾いに行こうとしているのに、どの車も、止まってくれない。

 

      道路の真ん中に落ちている、肌色の、小さな革のバッグが、まるで人生の真ん中に落ちている自分のようだ。 いつだってトラブルが、次から次へと、来る。

 

      やっと拾って、バッグを開いてみると、財布は、あった。 

 

      問題は、中身だ。 中身だけを抜き取られて、捨てられたのかもしれないからだ。

 

      息を飲んで、財布を開いた。

 

      すると、財布の中には、お札(さつ)が、ぎっしりと詰まっていた。

 

      財布から、中身が抜き取られることはあっても、まさか、入れられることがあるとは思わなかった。

 

      貴恵が入れてきたのは、ほんの数枚だ。 数万円だ。

 

      それが、200万円か、300万円くらい入っているかもしれなかった。

 

 

 

 

      

 

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