51話 心こそが、現実
「あなたが、私の物になってくれたら、私も心を入れ替えますよ」
客たちが、大富豪のお手並みを拝見するかのように笑っています。
どうやって、ダイヤモンドの私を、手に入れるのか、見物しているのです。
「まだ、私が欲しいのですか?」
「欲しいですよ。 世界中の人間が、羨(うらや)ましがりますからね」
「どうして羨ましがるのですか?」
「だって、ダイヤモンドの女は、あなたしかいないんですから。 誰だって、欲しがりますよ」
「でも、ダイヤモンドの私からしても、あなた方の心の方が、羨ましいのですよ?」
「でしたら、私の物になってくれたら、私の心を、あなたに、差し上げますよ」
大富豪は、大袈裟(おおげさ)な身振りで、片膝をついて見せました。 プロポーズをするときのように、です。
客たちが、拍手しています。
「私は、すでに、父と母から、人間の心を、いただきました。
あなただって、いただいたのですよ?
誰かに、あげたりしてはいけませんよ」
「心を差し上げるとは、私は、あなたの物になるってことですよ」
「その通りですよ。 あなたは、私の物になってもいいのですか?」
「ぜひとも、あなたの物にしてほしいのです」
なぜか、大富豪も笑っていますし、客たちも笑っています。
まるで喜劇のようです。
「心をあげてしまうから、あなた方の価値がわからなくなってしまうのですよ?
それで、ただ在(あ)るだけでは、人間には価値が無い、などという現実を創ってしまうのです。
現実が厳しいのも、あなた方が、あなた方の心に厳しいからです。
たとえば、もし、今、あなたが、誰かを傷つけたと思って、苦しんでいるとしたら、傷ついているのは、あなたの心です。
あなたの心に、やさしくしてあげてください。
癒(い)やしてあげてください。
そうすれば、お相手も、癒やされます。
あなた方は、この世界も、癒やすことができるのです。
あなた方の心とは、そういうものです」
「だったら、私が、私の心に、やさしくしたら、あなたは、私の物になってくれるんですか?」
「もちろん、なりますよ」
私が、そう、お答えしますと、大富豪も、客たちも、仰(の)け反(ぞ)って、驚きました。
「身体が、あなただ、と思うから、あなたは、身体なのです。
私が、あなただ、と思えば、あなたは、私です。
もともと、ひとつなのです。
愛なのです。
やさしくするとは、そういうことです。
そのときは、現実も、やさしくなります。
心こそが、現実なのです」
でも、もう大富豪は、踊りだしていました。
「私の物になってくれると、言いましたね?
なってくれるんですね?
あなたは、もう私の物ですよ!」
客たちとも、抱き合っています。 お祝いしているのです。 まるでプロポーズの承諾(しょうだく)を得たかのようです。
「この海も、この地球も、この宇宙も、あなたです。
もともと、私も、あなたの心の中にいるのです。
あなたが、心の底に、沈めてしまっているだけなのです」
星空が、ダイヤモンドの沈んでいる心の海を映しています。
私は、デッキの手すりに寄りかかって、星空を指さしてみせました。
「これが、あなた方の心です。
こんなに美しく、素晴らしいのですよ。
あなた方が本当に欲しがっているのは、あなた方の心です」
「私たちが、心を見失っているって言うんですか?」
私は、うなずいて見せました。
「ぜひ、見つけてくださいね」
私は、デッキの手すりから、海へと落ちました。
あなた方の心の底へと沈んでいったのです。
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