31話 恋心

 

 

  「俺が知りたいのは、どうやったら石のように強くなれるのか?ってことだよ

 

  流れの中に、座っているせいか、唇が紫色に変色しています。 水が冷たいのでしょう。 震えています。

 

  「竹四郎、焚き火のそばに来たらどうですか?

 

  「でも、あんたのそばが怖いんだよ

 

  震えているのは、私が怖いからのようです。

 

  「まだ私のことを化け物だと思っているのですか?

 

  「・・・・化け物って言って悪かったよ。 正直に言えば、俺は、あんたのようになりたいんだ

 

  その言葉を聞いて、私が、どれほど嬉しかったことか。 父と母に愛されたのとは、違った幸せに包まれました。 きっと恋です。 石が、恋をしたのです。 

 

  私は、有頂天(うちょうてん)になって、思わず竹四郎に駆け寄ってしまいました。

 

  ところが、竹四郎は、さらに真っ青な顔になって、水しぶきをあげて、逃げました。

 

  「竹四郎? 待って?

 

   

 

  恋心が、疼(うず)きます。 切(せつ)ないです。 

 

  きっと、あなた達、人間は、こんな恋心をお持ちなのでしょう。 

 

  普通、石は、恋をしません。 それは、この世界がひとつだと知っているからです。 自分が、自分の中にいるので、恋などしないのです。

 

  あなた達は、自分と、相手は、別だと思って、恋をするのです。

 

  わざわざ、別々になって、恋をしています。

 

  そんなことまでして、あなた達は、楽しんでいるのです。

 

  この世界を面白くしているのです。

 

  私は、大好きだった父と母を失って、喪失感(そうしつかん)を与え、淋しさを与えられたのでしょう。

 

  それで、きっと恋ができたのです。

 

  ですから、恋ができたのも、父と母のお陰です。 愛してくださったから、淋しさを与えられたのです。

 

  私は、恋ができたことが嬉しくて、さらに竹四郎を追いかけました。

 

  でも、竹四郎は、必死になって、逃げます。

 

  すると、私の胸が、甘く切なく痛んだのです。

 

  もし、人間がいなければ、この世界には、こんな甘く切ない痛みは、ありませんでした。

 

  胸が、切なく痛めば、痛むほど、人間に近づけるようです。

 

  私は、母に近づきたいのです。

 

  母が、どんなふうに感じ、どんなふうに生きたのか、知りたいのです。

 

  きっと、母も、こんな恋心を持ったのです。

 

  私は、母に近づきたくて、竹四郎を追いかけ回しました。

 

  ところが竹四郎は、これまでずっと逃げてきたせいか、さらに逃げなければならないことを、与えられているようなのです。

 
  でも、竹四郎が逃げるお陰で、私は、甘く切ない恋心を、楽しめました。
 
  きっと、あなた達も、こんなふうに楽しんでいるのですね。