13話 石の願い
しばらくすると、竹四郎が、兎(うさぎ)の耳をつかんで、ぶら下げて、駆け戻って来ました。 笑っています。
「石姫様、ほら、兎を仕留めて参りました」 得意そうに、高々と、兎を掲(かか)げました。 兎は、だらんとしています。
私も、兎なら、見かけたことがありました。 草むらを、ぴょこ、ぴょこ、と跳ねていたのです。
「それ、兎ですか? 跳ねないのですか?」
「跳ねていましたよ。 私が、矢で、仕留めたのです」
「しとめた?」
「殺したのです」
「殺すと、どうなるのですか?」
「死にますよ」
「どうしてですか?」
竹四郎の腕も、だらん、と下がりました。
「どうして?って聞かれても、困ります。 殺せば、死ぬのですよ」
「でしたら、私の父と母も、殺されたのでしょうか?」
「殺されたのですか?」
「ふたりとも、死にました」
竹四郎は、じっと私を見つめました。
「それは、お気の毒です。 それで、姫様も、埋められたのですね? ですが、私のおっ父(とう)も、兄じゃ達も、死にました。 猟師は、真っ先に、戦に駆(か)り出されるからです。 次は、私なので、逃げたのです」
「竹四郎も、殺されるのですか?」
「戦ですから」
「どうして戦をするのですか?」
竹四郎は、驚いて、しばらく黙っていました。
「聞きたいのは、こっちですよ。 どうして戦をするのですか? 男たちは、駆り出され、田畑は荒れ、誰もが苦しむのです」
それを聞いて、私の硬い胸でさえ、潰(つぶ)れるようです。
「私のせいなのです。 私のせいで、村八分にされたのです。 火をつけられたりしたのです」
「殿様が、村八分にされたのですか?」
「どうして、あなた方は、石が生きているというだけで、忌(い)み嫌うのでしょうか?」
「石が生きている?」
「生きているのです。 兎のように跳ねたりは、しませんけど」
「兎のように、石が跳ねたら、怖いですよ」
「やはり、化け物だと思うのですか?」
「化け物ですよ。 石が跳ねるんですよね? ぴょん、ぴょん、と?」
私の石の胸は、さらに潰れるようです。 竹四郎の前では、跳ねるのをやめようと思いました。
「歩くだけなら、いいですか?」
「石が、ですか?」
「跳ねないように、歩きますから」
竹四郎は、考えるようでしたが、わからない様子です。
「石も生きていることが、わからないのですか?」
「石は、生き物ではありませんよ。 いくら姫様だからといって、そのくらいことはわかるでしょ?」
「でも、私の父と母は、石も生きていると、わかってくださったのです。 それで、私を育ててくださったのです」
竹四郎は、なぜか、ぽかん、としています。
「・・・・・・・もしかして、姫様は、自分のことを、石だと思っているのですか?」
「始めから、私は石です、と申しておりました」
竹四郎は、おずおずと、手を伸ばすと、私の乳房をつかみました。
揉(も)もうとしているらしいのですが、石の乳房が、揉めるわけがありません。
そのあと、竹四郎は、腰を抜かしました。 引っ繰り返ったのです。
「いっ、石だ・・・」
足掻(あが)きをして、逃げようとするのですが、腰が抜けているので、動けないでいるのです。
ずっと石だと言っていたのに、今さら、腰を抜かしているのです。
私の父と母だって、石も生きていると、わかってくださったのですから、竹四郎だって、わかることができるはずでした。
それで私は、嫁として貰ってもらったのですから、竹四郎にも、わかってもらいたいと、願ったのです。
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