10話 岩の真似をしたのに

 

 

  私は、お尻で矢を弾いたあと、樹々の間に駆け込んで、しゃがみました。

 

  座って、両膝を、両腕で抱えて、顔を膝の上に伏せました。 こうして、じっとしていれば、石にしか見えないと思ったのです。

 

 

  石なのに、立ったり、歩いたりするから、化け物だと思われるのです。  化け物だと思われたくないなら、じっとしていればいいのです。

 

 ところが、しばらくすると、男が近寄って来ました。 私が仲間を呼ぶと思ったのに、呼ばないので、近寄って来たのです。

 

 「あんた、そんな所で何をしているんだ?

 

 私は、石にしか見えないと思っていたので、どうして見つかったのかしら?と不思議でした。 

 

 それでも、まだ私は、じっとしておりました。 顔をあげて、答えたりすると、化け物と思われるからです。

 

 さらに男は聞いてきました。 

 

どうして、じっとしているだよ?

 

 私は、じっとしていれば、石にしか見えないと思ったのですが、どうも石には見えていないらしいのです。 もし見えているなら、石に質問する人間はいないからです。

 

 仕方ないので、私は、顔を伏せたまま、答えました。

 

私は、石です。 石に、話しかけないでください

 

石って?

 

石を知らないんですか?

 

・・・・石なら、知っているけど

 

だったら、話しかけないでください

 

・・・・・・でも、あんた、石じゃないだろ?

 

石ですよ。 石に見えませんか?

 

見えるわけないだろ

 

 私は、つい顔をあげてしまいました。 石なのに、石に見えていないことに、驚いたのです。

 

どうして?

 

裸の女が、ただ座って、石に見えると思うのか?

 

 人間の女で言えば、12歳くらいになっておりました私は、もう座ったくらいでは、石に見えないらしいのです。 女らしい身体つきになっていたのです。

 

 座ったくらいでは見えないらしいので、私は四つんばいになって、頭を抱えました。 石に見えないなら、岩になってみようとしたのです。  身体も大きくなっていたので、もう石には見えないのかもしれないのです。 それに、艶やかな、丸みを帯びた岩など、この辺りには、いくらでもあるのです。

 

今度は、何の真似だよ?

 

岩です

 

岩の真似をして、どうするんだよ?

 

石には見えないって、言うから

 

岩にだって、見えないよ。 だいたい、どうやったって、女が、岩に見えるわけがないだろ?

 

 せっかく岩の真似をしたのに、岩にも見えませんでした。 私は、四つんばいのまま、がっかりしておりました。

 

じっとしていれば、見つからないと思ったのに・・・・・

 

だって、あんたが座るとこが、見えたよ。 急に、こんな所で、座ったから、何をするつもりかと、見ていたんだ

 

見ていたの?

 

だって、丸見えじゃないか

 

 河原から丸見えの樹々の間だったのです。 もっと奥まで逃げてから、しゃがむべきでした。

 

 見られていたのでは、仕方がありません。 それで、私は立ちました。

 

 男は、穴が開(あ)くほど、じっと私を見ておりました。 もっとも、私は石ですから、穴は、簡単には開(あ)きません。

 

・・・・・・・・俺、裸の女を見るのは、初めてなんだ。 あんた、いくつなんだ?

 

ひとつです」 1個って意味です。人間なら、1人(ひとり)ってことです。

 

ひとつ? 1歳ってことは、ないだろ?

 

ああ・・・じゃ、500歳くらいかしら?」 本当は、数えてないので、わからないのです。 そのくらいだというだけです。 もちろん、父と母の子として、です。

 

馬鹿なこと言うなよ。 12歳くらいか? 胸がふくらんでいるけど、13歳ってことはないだろ?

 

 男は、確かめるように私を見て、今度は、顔を赧(あか)らめました。

 

着物は、どうしたんだよ?

 

きものって?

 

着る物だよ。 着ていただろ?

 

ああ・・・・・」 思い出しました。 父と母が着せてくださったのです。 

 

 父と母は、貧しかったのですが、私には、良い着物を着せてくださいました。

 

 私のせいで、村八分にされていたのに、私には、いつも良い着物を着せてくださったのです。 

 

 もっとも私は赤子でしたので、着物そのものがよくわかっていませんでした。 包(くる)まれていただけです。

 

 でも、父が「神様から授かった子に、粗末な着物は着せられない」と言っていたのです。 

 

 赤子の目には、着物は見えませんでしたが、私に注いでくださる父と母の愛情は、見えました。 赤子の目にも見えるほど、父と母の愛情は、深かったのです。

 

 私は着物というより、父と母の愛情に包(くる)まれていたのです。

 

着物は、土の中にいる間に、無くなってしまったの。 せっかく父と母が着せてくださったのに・・・

 

穴か、何かに、もぐったのか?

 

埋められたの

 

誰に?

 

村の人たちに

 

なんで?

 

化け物と思われて・・・・・・

 

今日か?

 

もうちょっと前

 

昨日か?

 

もうちょっと前かな・・・・

 

じゃ、あんた、みんなから、捨てられたんだな。 

 でも、俺も、似たようなものだよ。  

 俺は、自分から村を捨てたんだ。  

 村から逃げ出して来たんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジの恋 オレンジの恋
 
Amazon