87話 愛そのもの

 

 

 

 「お願いだから、この女を止めてよ!

 

 僕と婦人警察官は、Yukiの背中に乗っている。 

 

 Yukiは、人間の女の子に見えるけど、バイクだ。

 

 僕と婦人警察官を背中に乗せて、時速60kmで走っている。

 

 ハンドルを握っている僕の右手首と、婦人警察官の左手首は、手錠で繋(つな)がれている。

 

 そのために、婦人警察官は、時速60kmで走るバイクから、身体が斜めになって、落ちそうになっている。

 

「怖い夢も、愛なんですよ。 

 もし楽しい夢ばっかりだったら、あなたは、いつまでも、あなたでいたいと思うでしょ?」

 

私は、いつまでも、私よ! そんなこと、当たり前でしょ?

 

「この世界は、夢なんですよ。 あなたは、あなた、という夢を見ているだけなんです」

 

違うわ! 

 私は、私の人生を生きているのよ! 

 夢なんかじゃないわ!

 

「そんなふうに、ずっと、あなたは、あなたでいるつもりですか?」

 

もちろんよ! ずっと、私でいるわよ!

 

 Yukiは、僕と婦人警察官の話を聞いて、笑い声を響かせながら、スピードを上げている。

 

 今は、時速80kmくらいになっている。

 

「もし魚が、海の中で、自分の中にある空気だけで、泳いでいたら、苦しいでしょ? 

 その空気が無くなったら、死んでしまうんですよ。 

 自分の中にある空気の量が、寿命になってしまうんです」

 

 

・・・・なんか、この女、速くなっていない? まるでジェットコースターみたいよ!」 悲鳴だ。

 

「バイクですよ」

 

笑っているわよ! 何が面白いのよ?

 

「エンジン音ですよ」

 

このキチガイ女を止めてってば!

 

 けたたましく笑っているから、気が狂っているように思えるのだろう。

 

「気が狂っているだけじゃ、こんなに速く走れませんよ」

 

いいから、止めて!

 

「自分の中だけの空気で泳いでいる魚は、勝手に苦しんでいるだけなんです」

 

なんで魚の話をしているのよ?

 

「魚は、水の中で、呼吸ができるってことです」

 

そんなこと、教えてもらわなくたって、知っているわよ!

 

「だったら、もし、あなたが、この世界が夢だと、知ったら、もっと楽に泳げると思いませんか?」

 

私は、あなたに、この世界が現実だと教えてやりたいわ! 

 この女が止まったら、私は、この女から飛び下りて、このキチガイ女と、あなたを、引き摺(ず)って行って、牢屋(ろうや)にぶち込んでやるから、覚悟しなさい!

 

「あなたは、あなたを愛する男を、牢屋にぶち込んじゃうんですか?」

 

愛してないでしょ? こんな愛し方って無いわよ!」泣いている。

 

 

「愛を誤解しているんですよ」

 

私が理解できるような愛し方をしてよ!

 

「その愛し方だと、僕が、あなたを、愛するってことでしょ?」

 

私は、それを、してほしいのよ

 

「でも、それだと、僕と、あなたは、分離(ぶんり)したままなんです」

 

なんで愛を語るのに、分離なんて言葉を使うのよ?

 

「分離という言葉を使ったのは、たとえ、僕が、どんなにあなたを愛したとしても、それだと、僕は、どこまでも、僕のままだからです」

 

私は、愛されたいのよ!

 

「まさに、それですよ。 あなたは、愛されているんですよ」

 

愛しているなら、この女を止めてよ! 落ちそうなんだってば!

 

「誰かが、誰かを、愛するって、分離の世界での、出来事なんです。 

 誰か、なんて、いないんですよ。 

 分離を終わらせるには、誰か、なんて終わらせる必要があるんです」

 

自分が、誰かもわからなくなったら、それこそキチガイだわ!

 

「あなたは、どこまでも愛されているんですよ。 

 どこまでも、どこまでも、愛されているんです。 

 あなたが、誰か、なんて必要がないくらい愛されているんですよ」

 

私が、誰でもなくなったら、愛されていることもわからないでしょ?

 

「わかりますよ。 

 だって、どこまでも、愛されているんですから。 

 あなたは、愛されているんです。

 だから、どこまでも、愛なんです。 

 純粋な愛なんです。

 あなたは、愛そのものなんですよ」

 

今にも、落ちそうになっているのに、愛されているなんて、思えないわよ!

 

「夢の中で、夢が、落ちそうと、思っているだけなんです。 

 どこへ落ちるって言うんですか?

 どこまでも夢なんです。 

 どこまでも夢だということが、どこまでも愛されているってことなんです」

 

どうして、そうなるのよ?

 

「だって、どこまでも愛されているなんて、夢のようでしょ?

 それは、つまり、どこまでも愛されていると思えたら、この世界を夢にできるってことです。 

 実際、夢なんですよ。 

 あなたが、どう思うかが、この世界を決めているんです」