79話 どこまでも愛されている
「そんなに現実も意識だと言うなら、意識で、その手錠をはずしてみせてよ?」
「この手錠も、意識ですよ。
僕らには、金属の手錠に見えますけど、読んでくれている人の意識で、できているんです」
「だったら、その読んでくれている人に、助けてって頼んだら?
手錠をはずしてくださいって、頼みなさいよ。
いるんでしょ?」
「いますよ」
「どこにいるの?」
「今、ここに、いますよ。
この世界そのものが、その人の意識なんです。
でも、大事なのは、すべてが意識だということなんです」
婦人警察官は、取り調べ室の中を見回したが、大袈裟(おおげさ)に、溜め息をついた。
取り調べ室が、意識でできているとは思えなかったらしい。
「これから、あなたを検察に連れて行くわ。
送検されたくなかったら、意識で、この手錠をはずしてみなさいよ」
「僕らは、僕らを、実在する人間だと思っていますけど、読んでくれている人にとっては、僕らは想像上の人間なんです」
婦人警察官は、可哀想(かわいそう)だと言いたそうに、僕を見つめた。
「あなた、自分のことを、想像上の人間だと思っているの?
架空(かくう)の人物ってこと?」
「僕らを読んでくれている人は、そう思っていますよ。
この世界だって、想像上の世界なんです。
現実も、想像だと言ったのは、そういうことなんです」
「あなたは、これから、送検されて、起訴(きそ)されると、裁判にかけられるのよ。
裁判でも、そんなことばっかり言っていると、精神病院に入れられてしまうわよ」
「でも、僕らも、読んでくれる人も、意識なんです。
同じ意識の中にいるんです。
読んでくれる人のことを、僕らを、見守ってくれる守護霊がいる、と言うのかもしれません。
書いてくれる人のことを、僕らの中に、神様はいる、と言うのかもしれないんです」
「だったら、書いてくれる人に、手錠をはずさせなさいよ。
そうしたら、信じてあげるわよ」
「僕らは、意識の中にいて、僕らの中まで、意識なんです。
つまり、僕らは、どこまでも意識なんです。
それは、ひとつだってことなんです」
「手錠がはずせないなら、もう、これ以上は、聞いてあげないから」
婦人警察官は、今度は、両手の人差し指を、自分の両耳に、近寄せている。
指で、耳を塞(ふさ)ぐ気だ。
「ひとつだってことが、愛なんです。
意識の中にいて、僕らの中まで意識だってことが、僕らが、どこまでも愛されているってことなんですよ」
婦人警察官は、両方の指で、両耳を塞いでしまった。
首を、横に振ってみせる。
「愛が、僕らの帰るところなんですよ。
どこまでも愛されていると、信じられたら、愛に帰れたってことなんです。
愛に戻れたってことなんですよ」
話し終えて、僕が口を噤(つぐ)むと、婦人警察官は、耳から、指を抜いた。
「終わったかしら?」
「僕の話は、読んでくれている人が、ちゃんと聞いてくれましたよ」
「口では、何だって言えるわよ。
私は、証拠が見たかったの。
私は、警察官なのよ。
証拠も無く、信じてあげることはできないわ」
「僕らが、意識だって証拠ですか?」
「意識で、手錠をはずすことよ」
「手錠にこだわれば、また迷うことになるんですよ。
夢の中を、迷うんです。
それが悪夢にするんです」
「あなたの悪夢は、これから始まるのよ」
「いいえ。 もう終わりました。
僕は、愛されているんです」
「誰に?」
「自分に、です。
意識は、意識するって、自分は、自分を愛するってことでもあるんです」
「私は、誰かに愛してほしいわ」
僕は、Yukiの言ってきたことが、わかることが嬉しくて、笑った。
「自分って、この僕のことではないです。
すべてのことです」
「すべてが、自分なの?」
「すべては、意識なんですよ。
その証拠に、すべては、エネルギーでできているんです。
エネルギーは、振動です。
その振動が、意識なんです」
「どうして振動が、意識なのよ?」
「僕らは、脳ができて、意識が生まれたと思っていますけど、脳も、その振動からできているんです。
脳も、エネルギーでできているってことです。
それが、意識するんですから、振動が意識しているんですよ。
つまり意識が、意識しているんです」
「そんなの、証拠になるかしら?」
「振動は、波ですよ。
波がぶつかり合って、色々なものを描くんです。
その描かれたものが、宇宙です。
でも、波なんですよ。
意識なんです」
婦人警察官は、手錠を引っ張って、僕を立ち上がらせた。
「結局、この手錠は、はずせないんでしょ?
だったら、あなたの身柄(みがら)を送検するわ」
「大丈夫ですよ。 僕は、愛されていますから。
意識が、僕を、どんなふうに愛してくれるのか、楽しみにするだけです」
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