75話 読んでくれる人のお陰です
嘘発見器の針が、くねくねと振(ふ)れるから、僕は、自分の身体まで、くねくねと揺(ゆ)れそうになる。
婦人警察官は、僕が反応しているのが、面白いらしい。 目を輝かせている。
「・・・・・なんか、いやらしい動きね。
あなたの中で、今、こんなふうに気持ちが動いているの?
どんな想像をしているの?」
「だって、そっちが、人間の女の子の方がもっといいとか、教えてあげるとか、言うから・・・・・・」
「もっといいに決まっているでしょ?」
僕は、正直にうなずいてしまう。
「僕も、人間の女の人は、最高だと思いますよ。
カワイイし、魅力的ですよ。
でも、だから、つい迷ってしまうんです。
女の人たちだって、自分たちが、あまりに美しいんで、囚(とら)われてしまうんですよ」
「私たちが、何に囚われているって言うのよ?」
「僕らは、本当は、意識なんです。
でも、それを忘れてしまうほど、あなたたちは美しいんです」
「美しくて、何が悪いの?」
「美しさも、意識なんですよ。 これを読んでくれている人は、『美しさ』という文字を読んでいるだけなんです」
婦人警察官は、立ち上がると、ボールペンの尖(とが)ったペン先を僕に向けた。
「何度も言うけど、ここは、本の中ではなくて、取り調べ室の中なのよ。
そして、あなたは、女子トイレの中で、取り押さえられたの。
そんな子供だましの言い訳で、言い逃れなんて出来ないのよ」
もちろん、僕は、言い逃れなどするつもりはなかった。
ずっとYukiと旅をしてきて、やっと、Yukiが本当に言いたかったことが、わかったのだ。
Yukiは、『壊れることが、愛されることだ』と、言い続けてきた。
壊れるのは、僕が、僕だと思っているものだ。
ひとつになるために、壊れるのだ。
それが、愛されているってことだ。
たとえ、ここで、痴漢(ちかん)にされても、僕は、『愛されている』ことを、信じようと、し始めている。
「言い逃れなんてするつもりはないです・・・でも、『本』も、『取り調べ室』も、『女子トイレ』も、文字なんですよ。
読んでくれる人の心の中で、そんな現実世界が創造されているだけなんです」
婦人警察官は、カワイ過ぎる顔で、僕を睨んでいる。
「現実世界が、文字のわけがないでしょ?」
「だって、世界なんて、素粒子(そりゅうし)で出来ているんですよ。 文字どころじゃないんです」
「素粒子って、何よ?」
僕は、ボールペンの尖った先で、突っつかれそうになっている。
「・・・粒でもあり、波でもあるものです。 それが、物質の正体なんです」
「素粒子なんて、見たことないわ」
「でも、そのボールペンも、『ボールペン』という文字も、素粒子で出来ているんです。 同じなんです」
「だったら、その素粒子は、何で出来ているのよ?」
「素粒子も、意識で出来ているんですよ。
だから、素粒子は、意識に反応するんです」
分かりづらかったのか、もっと婦人警察官は、怒って、イーって白い歯を剥(む)き出している。 噛みつかれそうだ。 それでも、カワイイ。
「わけの分からないことばっかり言うから、調書(ちょうしょ)が全然書けないわ!
結局、どう書いたらいいのよ?」
「僕らは、愛されているって、書いたらいいんです」
「はぁ? あなた、馬鹿なの?
問題は、覗いたか、どうかよ」
「僕らは、意識に、覗かれているんですよ。
それが、ひとつだってことなんです」
「誰の意識に、覗かれているって、言うのよ?」
「たとえば、これを読んでくれている人の意識です」
「読んでくれている人なんて、いないわよ」
「もし、いなければ、僕らは、単なる文字の羅列(られつ)ですよ。
読んでくれる人のお陰で、物語になるんです」
「私は、文字じゃないわ。
自分で、生きている人間よ。
誰かに書かれた覚えはないわよ!」
婦人警察官は、余程(よほど)、腹が立ったのか、平手で、バンッと机を叩いた。
僕も、ビクッとしたし、嘘発見器の針も、ビクって振れた。
「でも、僕らが本当にいるのは、読んでくれている人の意識の中なんです。
その人の意識も、もっと大きな意識の中なんです。
僕らは、どこまでも意識の中にいるんですよ」
婦人警察官は、迫るように、机に両手を突いた。
「だったら、もし、私が、あなたにキスをしたら、それも誰かに読まれるって言うの?」
「読まれますよ。
もし、読まれなかったら、その物語は、可能性としてあるだけで、現実にはならないんです」
「可能性って、何よ?」
「パラレルワールド(平行宇宙)ですよ。
意識なんですから、あらゆる宇宙があるんです。
意識は、意識されるまで、現実化されないんです。
可能性のまま・・・・・・・・」
婦人警察官は、僕の説明を遮(さえぎ)るように、唇で、僕の唇を塞(ふさ)いでしまった。
嘘発見器の針が、ときめきを捕(と)らえたように、震える曲線を描いている。
僕は、『なぜキスされた?』と思ったが、もしかしたら、『愛されている』と、信じたせいかもしれなかった。
『愛されている』という意識が、現実化しているのかもしれなかった。
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