74話 『本』と『現実』

 

 

 

  婦人警察官は、また僕の顔を見つめている。

 

  見つめられるたび、僕の目は泳いでしまう。

 

あなたは、彼女いるの?

 

「・・・・・・・・・いますよ」

 

どうして答えるまで、間(ま)があったの? 

 まさか、バイクが恋人とか言わないでよ

 

「え?」

 

 嘘発見器の針が、僕の心の動揺のように激しく振れている。

 

 婦人警察官は、目をまるくして、激しく振れる針を見ている。

 

図星ね。

 彼女なんて、いないんでしょ?

 

「でも、本当に、人間の女の子に見えるんですよ。

 喋(しゃべ)るし、笑うんです。 

 それに、すべてが意識だと教えてくれたのも、彼女なんです」

 

 婦人警察官は、気色(きしょく)悪そうに、僕を睨(にら)んでいる。

 

「 あなた、バイクと話すの?

 バイクが笑うなんて、笑えない話よ

 

「でも、すべてが意識なんですから、バイクと話すことだって出来るんですよ」

 

 婦人警察官は、さらに気色悪そうに眉を寄せている。

 

バイクと話せるとか、言わないでくれる? 

 人間の彼女がいないからって、バイクと話すことないでしょ。 

 淋し過ぎるわ

 

「でも、人間も、バイクも、記憶ですよ。 

 本の中の、文字と、同じなんです」

 

本の中、本の中って、譬(たと)えで話すの、やめなさい。 

 現実は、本じゃないんだから

 

 僕は、うなずいた。

 

「その気持ち、よくわかります。 

 僕も、Yukiが、本の中って言うたび、違うって思っていました。 

 でも、やっと、僕らは、本の中にいるってわかったんです」

 

 婦人警察官が、是見(これみ)よがしに、大きな溜め息を吐いている。

 

Yukiって、バイクでしょ? 

 だったら、バイクって言いなさいよ

 

「たとえば、僕と、あなたと、バイクの、違いは、『僕』という文字と、『あなた』という文字と、『バイク』という文字の違いに過ぎないんです。

 もし、この言葉を知らない外国人が、これらの文字を読んでも、何が書いてあるのか、わからないんです。 

 わかるには、読む人に、これらの文字の記憶がないとダメなんです。

 つまり、僕らは、記憶の違いに過ぎないんですよ」 

 

 婦人警察官は、苛立(いらだ)つように、ボールペンで、机の上をコン、コン、叩いている。

 

 

だから、譬えるのは、やめなさいってば。 

 それ以上続けると、逮捕するわよ

 

「譬えじゃないですよ。 

 あなたが、あなただと思えば、思うほど、『あなた』という文字の中に、あなたを閉じ込めてしまうんです。

 この本の中に閉じ込めてしまうんですよ」

 

あなたこそ、警察署の、取調室の中に、閉じ込められているのよ?

 

「意識は、意識するんです。 

 それは、意識は、夢を見ると言ってもいいし、 神は、世界を創造すると言ってもいいんです。

 僕らが、僕らだと思っているものは、意識が、意識しているに過ぎないんです。

 僕らが、僕らだと思っているものは、意識なんですよ。

 『本』も、『現実』も、意識が、意識しているんです。 同じなんですよ」

 

本と、現実の、違いは無いって言い張るつもりなのね?

 

「僕らは、違いにこだわって、分離(ぶんり)しているだけなんです。 

 違いだらけの中で、彷徨(さまよ)っているだけなんです。 

 でも、大事なことは、同じだと気づくことなんです。 

 分離を終わらせることが、必要なんですよ」

 

本当に、本と、現実に、違いは無いの

 

 僕は、心を込めて、うなずいた。

 

同じだと、気づくことが、僕らを、意識そのものへと、帰してくれるんです。 

 僕らを、ひとつへと、戻してくれるんです。 

 この本の中から解放してくれるんですよ」

 

私を、この彼氏のいない物語から、解放してくれるってこと?

 

「分離を終わらせられれば、僕らは、物語を書く人になり、本の中の登場人物となり、読んでくれる人となるんです。 

 僕らは、ひとつになるんですよ

 

確かに、私は意識かもしれないけど、この身体も意識なの?

 どうして、この身体まで、意識だと、言えるのよ?

 

「もともとは、ひとつなんです。 

 そのひとつだったものが、自分に気づいた。 

 それが、意識の誕生らしいんです」

 

・・・らしい?

 

「・・・・って、バイクが教えてくれたんです」

 

 婦人警察官は、呆(あき)れて、首を横に振っている。

 

そんなことより、人間の女の子の方が、もっといいってことを、私が教えてあげたいわ。 

 そうすれば、この身体が、文字なんかじゃないってこともわかるから

 

 嘘発見器の針が、照れたように、くねくねと振れだした。

 

 

 それは、嘘のためではなくて、僕が照れたせいだ。 

 

 興奮したせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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