49話 愛が信じられない
僕の入った檻(おり)は、何度も、岩肌(いわはだ)に激突した。
谷底(たにぞこ)へと落ちて行く。
僕は、怖かったから、必死になって、鉄格子にしがみついている。
むしろ、僕を守ってくれているのは、鉄の檻だ。
もし、この鉄の檻が無かったら、僕は岩肌に叩(たた)きつけられていた。
岩肌を転げ落ちながら、鉄の檻があって良かったと思った。
ところが、そのまま、谷川へと落ちてしまった。
鉄の檻が、水に浮かぶわけがなく、あっと言う間に、沈んで行く。
僕は、川の底に沈んだ。
鉄格子から、手を伸ばして、助けを求めた。
その手が握られて、見ると、Yukiだ。
笑って、握手している。
「なんで握手しているんだよ?」
「あなたが、手を差し出すからでしょ?」
「僕は助けを求めているんだよ!」
「だから、崖から落としてあげたのよ」
「僕を殺す気か?」
「この檻から出たいと言ったのは、あなたよ?」
「だからって、崖から落とすことはないだろ?」
「檻を壊すためよ。 あなたを助けるためよ」
「この鉄の檻のお陰(かげ)で、僕は助かったんだよ」
「そうやって、ずっーと檻の中にいるつもりなの? 愛されることを、拒(こば)み続けるの?」
「愛していたら、崖から突き落としたりしないよ」
「存在は、壊れるものなのよ。
それを、「殺す気か?」って、しがみついているの。
壊れることを、怖れて、苦しむの。
でも、壊れて、無(む)になれば、無(む)は、どこにも無いんだから、存在そのものとなるの」
「存在そのものって、何だよ?」
「どこまでも在(あ)るって、ことよ」
「壊れないのか?」
「存在であろうとすれば、壊れるわ。 でも、無であれば、壊れない」
「無いと、在るってことか?」
「あら? わかってきたわね」
握手したまま、嬉しそうに、Yukiが笑っている。
僕は、聞いた。
「じゃ、在ると、無いのか?」
Yukiがうなずいている。
「だから、存在は壊れるのよ」
「どうして、それが、愛なんだよ?」
「だって、無に向かうんだもの。 それは、結局は、存在そのものに向かうってことなの。 だから、愛なのよ」
「壊れることを、怖れるのは、愛が信じられないってことか?」
Yukiが、握手している僕の手を、強く握った。
「私の愛が信じられないから、殺す気か?なんて言うのよ」
「愛って、もっと気持ちいいものだと、思っているからだよ」
Yukiが、首を横に振る。
「そうじゃないわ。 怖れのせいよ」
「だって、崖から、突き落とされたんだぞ?」
「もういい加減(かげん)にして、この怖れという檻から出てきたら?」
「出来ることなら、僕だって、出たいよ」
「愛されているって信じられれば、出れるわよ」
僕は、愛されているって、信じてみようとした。
でも、鉄の檻は、開かなかった。
「やっぱり、出られないよ」
「苦しくないの?」
「檻の中にいれば、安全だからかもしれない」
「でも、ここは、水の中でもあるのよ?」
すっかり忘れていたけど、鉄の檻は、水の底へと沈んだのだ。
僕は、今さらのように、パニックになった。
息が苦しくて、踠(もが)きだした。
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