15話 キノコ雲
僕は、一瞬で、消えた。 核爆発で、燃え尽きたのだ。
一瞬で蒸発した、一滴の水、のようだ。
ところが、僕の身体は消えたけど、僕は残った。自分の身体を探して、キョロキョロしたくらいだ。
巨大なキノコ雲が、真っ赤に焼けた空間に、立ち上がった。
僕は、こんな間近で、キノコ雲を見たことが無かったから、呆然として見上げていた。
すると、キノコ雲が、目を開いた。 まるで、酔っ払った、赤ら顔の、オヤジみたいだ。
「何だ? ジロジロと見やがって、俺の顔が、そんなに珍しいか?」
「・・・・・珍しいです」 キノコ雲なんて、生(なま)で見たのは、初めてだ。
「おまえは、そんなところで、何をしているんだ?」
「核ミサイルが飛んで来て、僕は焼かれたんです」
「だったら、さっさと帰れよ」
「どこへ、ですか?」
「なんだ? おまえ、浮遊霊(ふゆうれい)か?」
「浮遊霊?」
「幽霊か?って聞いているんだよ」
僕は、思いっきり首を横に振る。「僕は、幽霊が苦手です。 怖いです」
キノコ雲が、笑った。「幽霊のくせに、幽霊が怖いのか?」
「僕、幽霊なんですか?」
「自分で、自分を見てみろよ。 見えるか?」
自分の手を見てみる。
・・・・・何も、見えない。
「僕の手は、どこですか?」
「もちろん、おまえの中だよ」
「だったら、取りに行かなきゃ」
「行くんじゃないよ。 戻るんだよ」
「どうやって?」
「おまえは、外側に世界があると、思っているだろ? 外側の世界にいると、思っているだろ?
だから、外側に、いるんだよ」
「でも、実際、僕の外側に、世界はありますよ?」
「自分の外側に、世界があると思って、自分の外側に居(い)続けてしまうんだよ。 それで、戻れないんだ」
「・・・・・・結局、僕の手は?」
「だから、おまえの中だよ」
僕は、僕の中を見てみようとした。 でも、僕は、身体も無い。 透明人間になったようだ。
「・・・・・以前、透明人間になれたらって、想像したことありますよ」
「どんな想像だよ?」
「・・・・・女風呂に入ってみるとか」 僕は、顔が赤くなった。でも、顔が無いのだから、きっと気のせいだ。
「楽しいのか?」
「たぶん。 やったことが無いので、わからないんですけど・・・」
「だったら、やってみたらどうだ? 楽しいんだろ?」 きっとキノコ雲は、女風呂が、どういうものかを知らない。
「でも、それをすると、本物の痴漢になってしまうんです」
「痴漢になってみろよ」
「嫌(いや)ですよ」
「どうして?」
「だいたい、痴漢になれって、おかしいでしょ?」
「おかしいのか? でも、痴漢したいって想像していたんだろ? だったら、やってみろよ」
「普通は、止めるんですよ」
「俺も、その女風呂ってやつに入ってみるかな?」
キノコ雲が、女風呂に入ったら、大変なことになる。 もっとも、核攻撃自体が、最悪の犯罪だから、女風呂に入るくらい、何でもないことなのかもしれない。
「もし、あなたが入って行ったら、女の人たちは、みんな、嫌(いや)がりますよ」
「なんでだよ?」 キノコ雲は、ちょっとムスっとした。
「誰も、核攻撃なんて望んでいないからです」
「核攻撃だって、どんな攻撃だって、結局は、自分の中で、起こっているんだ。 自分の中で、起こさなければ、どんな攻撃も起こらない」
「僕は、核攻撃なんて、しませんよ。 核戦争なんて、望んでないです」
「意識とは、エネルギーなんだぞ? そのエネルギーと、物質とが、同じものだから、核兵器は作れたんだ。もう、そろそろ、自分の意識が、この世界を作っていると、気づいてもいい頃なんじゃないのか?」
「僕らが、核戦争を望んでいるって、言うんですか?」 僕は怒った。気色(けしき)ばんだ。
「ほら、もう攻撃を始めているぞ? 本当に望んでいないなら、攻撃を手放せよ。 攻撃は、相手が、外側にいるという誤解から、生まれるんだよ。 外側が無いとわかれば、相手も無くなる。 攻撃そのものが、無くなるんだよ」
キノコ雲が、攻撃を手放せと、教えている。
僕は、聞いた。「でも、相手が攻撃をしてきたら、どうするんですか?」
キノコ雲は、大笑いしている。「透明になったおまえに、どう攻撃できるって言うんだ?」
「僕が透明じゃ無かったら?」
「だったら、透明になれよ」
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