12話 どれだけ頭が固いの?
空を飛んでいると、自分の大きさがわからない。較べるものが無いからだ。
「Yukiは、大きなトンボになったのか? それとも僕が、トンボに乗れるくらい小さくなったのか?」
「大きいか、小さいか、なんか、どうでもいいことよ。 だって、この空も、あなただもの」
「僕は、空じゃないよ」
「もし、夢の中で、空を飛んでいるとしたら? あなたは、あなたの中を飛んでいるってことでしょ?」
Yukiの透きとおった翅(はね)の、羽(は)ばたく音は、オートバイのエンジン音そっくりだ。
「この空が、僕?」 僕は、高い空の上で、水平に、空を見回す。 水平に、空を見回せることが、凄(すご)いと思う。
「この世界が、あなたの夢なら、この空も、あなたでしょ? 僕は自由だ、とは思わない?」
「思わないよ。 実際、僕は、全然、自由ではないしね」
「たとえば?」
「僕の人生は、全然、僕の思い通りにはいかないからさ」
「もし、思い通りにはいかないと、思っているから、思い通りにいかないとしたら?」
考えてみれば、トンボと会話していることが、不思議だ。
「だったら、思い通りにいくと思ったら、思い通りにいくのか?」
「思い通りにいっているのよ。 この空も、この風も、あなたの思いなのよ? あなたは、自分が、どう思っているかを知らないだけなの」
「僕が、どう思っているって、言うんだよ?」
「この風を感じてみて? 自分が、どう思っているか、感じてみて?」
「風は、風だよ。 僕じゃないよ」
「だから、あなたは帰れないのよ?」
「どうせ、また、この世界は、夢だと、言いたいんだろうけど、現実は、夢じゃない。 現実は、思い通りにいかないし、もっと厳しいよ」
「もっと厳しくしたいの?」 青色のトンボは、まるい頭をくるくる回すようにして、僕に聞く。
そんなふうにトンボに聞かれると、もっと不思議な気持ちになる。
「現実も、夢だと言うのは、簡単だよ。 でも、現実は、夢じゃない」
「そう信じているだけだったら?」
「僕が、どう信じようが、現実は、現実だよ」
「それだけ頭が固かったら、ここから、落ちても、何ともないかも・・・・」
そう聞こえたとたん、僕の目の前に、小さな青色のトンボが現れた。僕に向かって、ピースサインをした。
僕は、青色のトンボに乗っていたはずだった。 ところが、見下ろしてみると、そのトンボが消えている。
僕は、高い空の上にいた。それで、落下した。
絶対に死ぬと思った。パラシュートをつけていない。
死ぬ恐怖は、凄(すさ)まじかった。落下に対して、どうすることもできないのだ。 地面に激突して、死ぬしかないのだ。
僕は、頭から地面に激突した。 そのあと、ボールのように弾(はず)んだ。2回、3回と弾んだ。
やっと地面に転がると、頭を抱えた。「痛ーっ!」 叫んだ。
僕の頭を摩(さす)る人がいる。 Yukiだった。「ほら、やっぱり、何ともない。 すごい頭の固さ、ね?」
Yukiは、青色のトンボから、女の子の姿に戻っていた。僕の頭を摩(さす)りながら、笑っている。
僕は、青い空を見上げた。 僕が、あの空の上から、落ちたことは、間違いなかった。
間違いないはずなのに、生きていることが、不思議だった。
「あの落下は、現実だったよ。 風も、凄(すさ)まじかった」
「どれだけ、あなたの頭って、固いの?」
「僕も、これほど頭が固いとは思わなかったよ」 あの高さから落ちて、助かったのだから、相当な石頭だ。
「私が言っている、頭が固いって、そういう意味じゃないわ」
「どういう意味だよ?」
「本当に、石頭ね?」
僕は、自分の頭を撫(な)でてみる。
確かに、石のように固かった。
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