10話 夢の時空
古めかしい街並みだった。まるで何百年も前に、タイムスリップしたかのようだ。 
Yukiと手をつないで、歩く。
「街の人たちは、どこへ行ったのだろ?」
「私たち、時空を遡(さかのぼ)って、走って来ちゃったのかしら?」
「時空? 時空って、何?」
「夢って、時間も空間も自由なの。 簡単に言えば、過去を思い出したり、未来を想像するようなものよ」
「僕らは、今、過去を思い出している? 僕が生まれていなかった過去を?」
「じゃ、過去を創造しているのかも」
「どっちにしても、現実じゃないね?」
「現実があると信じている限りは、帰れないわよ?」
「現実は、あるよ」
「だから、あなたは迷子なのよ」 それでもYukiは楽しそうだ。 誰もいない街での、ふたりきりを、楽しんでいる。
僕は、道路を見た。アスファルト道路だ。「何百年も前に、アスファルト道路は無いよ。 ここは、どこなんだろ?」
「だから、夢なのよ。 現実なんて、無いんだから」
「現実が無いって、どういう意味だよ?」
「あなたは、しっかりとした、固い現実があると、思っているでしょ? でも、そんなものは無いってこと」
「道路は、固いよ」 固くなかったら、走れない。
Yukiは、僕の手を握ったまま、笑っている。 「固いのは、あなたが、固いと信じているから」
Yukiが時計台に話しかける。 「この人、頭が固いの。 それで、帰り道がわからないの。 あなたに教えてもらえると助かるんだけど?」 時計台に頼んでいる。
僕は、最初、時計台の上に、誰かいるのかと思った。 Yukiが時計台を見上げて、話しかけたからだ。 でも、誰もいない。
ところが、時計台が答えた。ゴーンと、鐘が響いたような声だ。「儂(わし)が知っているのは、時間のことだけだ」
Yukiが、ヤッホーするみたいに両手を口に当てて、頼んでいる。「あなたみたいな時間の専門家にお願いしたいの!」
時計台は、満更(まんざら)でもなさそうだ。僕たちを見下ろしている。
「儂(わし)に何が聞きたいのだ?」
「この人に、帰り道を教えてあげてほしいの」 Yukiは、僕を指さしてみせる。
「帰り道? 来た道を、戻ったらいいだろ?」
「その来た道を、覚えていないの」
時計台は、理解し難(がた)いらしい表情だ。「自分がどこから来たのか、覚えていないのか?」
僕は、見上げながら答えた。「僕は、この世界に生まれて来たんです。 どこかから来たわけじゃないです」
時計台は、驚いている。「突然か? 何もないところから、パッと生まれたのか?」
「もちろん、母親からですよ。 何もないところから、パッと生まれるわけないじゃないですか」
「じゃ、お前さんの母親は、パッと生まれたのか?」
「僕の母も、その母親からですよ」
「だったら、1番最初の母親は、どこから生まれたのだ?」
「知りませんよ」
時計台が難しい顔をして、腕組みをした。「確かに、来た道を覚えていないようだ。 だったら、1番最初の時間を教えてやろう。 それは、今だ」
「もっと昔でしょ?」
「それでは、帰り道はわからない。 迷子になるだけだ」
僕の方から、時計台に聞いてみた。「だったら、あなたは、どこから来たんですか?」
鐘の音が、またゴーンと響いた。「時間とは、幻想だ」
「時計台が、そんなことを言っても、いいんですか?」
「時間に縛(しば)られていたのでは、帰れないのだ」
「時を刻むのが、あなたの仕事でしょ?」
「この世界そのものが、大きな時計なのだ」
「僕らは、文字盤の上にいるんですか? それで、近すぎて、何時なのか、わからないってことですか?」
「回る針に追い回されて、な」
「まだ、あなたが、どこから来たのか、答えてもらっていませんけど?」
「答えたぞ?」
「答えてませんよ」
「時間とは、幻想だと、答えたろ?」
「僕は、あなたが、どこから来たのかを、知りたいんです」
「もし、時間とは幻想だと気づけたとき、お前さんは、帰っているんだよ。 儂(わし)は、そこから来たのだ」
僕は、しばらく時計台を見上げていた。「・・・・・・・その幻想って、何ですか?」
時計台も笑ったが、Yukiも笑っている。「だから、あなたは迷子なのよ」
時計台が、僕を気の毒そうに見下ろしている。「・・・だったら、こう言ってもいいかもしれない。 幻想とは、意識だよ。 お前さん、頭の中で、考えるだろ? それは、現実か?それとも幻想か?」
「だったら、時間とは、僕の考えなんですか?」
「それが、帰り道だよ」



