私たちは誰もが、生まれた国や家庭、環境を選ぶことはできません。

それでも人生の中で、ふと自分が「どこにも属していない」と感じる瞬間があります。

自分の生まれた国が嫌い、自分の親が嫌い、そして何より自分自身が嫌いになる。

そんな思いに飲み込まれるとき、アイデンティティーは崩れ始めます。


けれど、本当は誰の中にも、揺るぎない「自分」という存在がちゃんとあります。

それは、国籍や名前や外見ではなく、もっと内側にある“心の実感”です。

人にどう見られるかではなく、

自分が「どう感じ、どう生きたいか」という、その感覚こそが本当の自分です。


自分を認められないとき、人は外側で取り繕おうとします。

地位や名誉、富や承認に自分の価値を預けてしまう。

けれど、どれだけ飾っても、心の空白は埋まりません。

それは「自分を認めていない」ままだからです。

そして、他人を責めたり、社会を批判したりしてしまう。

本当は、心の奥で「自分を責めている」からです。


では、どうすれば自分を取り戻せるのでしょうか。

その第一歩は、事実をそのまま受け入れることです。

どんな立場に生まれたとしても、それはあなたのせいではありません。

けれど、その事実を受け入れるかどうかは、あなた自身の選択です。

受け入れた瞬間、人生は変わり始めます。


区別と差別は違います。

区別は、事実を整理するためのもの。

差別は、心の中にある偏見や排除の感情です。

自分の立場を区別することは、誰かを下に見ることではなく、

自分の存在を現実的に受け止めることです。


アイデンティティーは、外に求めて見つかるものではありません。

国籍や肩書き、血筋に左右されるものでもありません。

自分を知り、受け入れ、尊重することで、

初めて「自分」という存在が温かく形を持ちはじめます。


どんなに過去が複雑でも、

どんなに他人に理解されなくても、

あなたは「ここにいる」こと自体に価値があります。

出自を恥じる必要も、隠す必要もありません。

自分の歩んできた道を「これが私の人生だ」と認めること。

それが、真のアイデンティティーの回復です。


他人の評価や国の枠を超えて、

「私は私でいい」と静かに言えるようになるとき、

人は初めて、心の底から自由になります。


生まれた国を受け入れる。

親を許し、感謝する。

そして、自分自身を愛する。

そのとき、あなたの中の空白は光に変わります。

誰の中にもあるその光を、もう一度信じてください。

あなたの存在には、変えがたい意味があります。