近年、各地でメガソーラーの建設が進んでいます。

「地球温暖化を防ぐため」「再生可能エネルギーの普及のため」と、

その取り組みは一見、正しいことのように聞こえます。

けれども、その現場では、森が切り開かれ、山が削られ、

かつて息づいていた自然が静かに姿を消しています。


太陽光発電は、本来「自然と共に生きる」ための仕組みのはずでした。

しかし、今進められているのは、

自然を犠牲にしてまで利益を優先する、歪んだかたちの開発です。

その背景には、補助金や利権、政治とのつながりが存在しています。

環境を守るための事業が、いつの間にか「金を生む仕組み」に変わってしまったのです。


メガソーラー事業は莫大な資金が動く世界です。

許認可を持つ政治家や官僚、建設会社、金融機関、

そして海外の投資家までもが関わり、複雑な利益構造が生まれています。

「自然を守る」という名のもとで、本当は「誰かが儲かる」仕組みが動いている。

その矛盾に、気づき始めている人も少なくありません。


さらに深刻なのは、日本のエネルギー構造が

他国の資本と技術に強く依存してしまっていることです。

いま国内で使われている太陽光パネルの多くは中国製です。

その製造過程では鉛やカドミウムなどの有害物質が使われ、

廃棄する際には環境汚染のリスクを伴います。

しかも、それを安全に処理する技術はまだ確立されていません。


加えて、制御装置や通信システムも海外製が多く、

遠隔で操作可能な仕組みが含まれているといわれています。

もしエネルギー供給が外部から操作されるようなことがあれば、

それは「電気」という生命線を他国に握られることを意味します。

戦争をせずとも、ボタンひとつで国を止めることができる――

そんな危うさを抱えながら、

私たちは“再生可能エネルギー”という言葉の響きに安心してしまっているのです。


そしてもう一つ、見逃してはならないのが環境への影響です。

山林が伐採されれば、土砂を押さえる力が弱まり、

豪雨のたびに土砂災害が起きやすくなります。

動物たちは住処を追われ、人里へと降りてくるようになりました。

川の流れが変われば、微生物や魚たちの命の循環が乱れ、

それがやがて海の生態系にまで影響を与えます。

自然は、すべてがつながっています。

一つのバランスが崩れれば、

人間の暮らしもまた、そのしわ寄せを受けるのです。


それでも事業を止めようとしない人たちがいます。

彼らにとって大切なのは、自然ではなく数字です。

利益、補助金、投資――それが彼らの指標になってしまっている。

森は“資源”であり、川は“土地利用”、動物は“障害物”に過ぎない。

本来守るべきものを犠牲にしてでも金を追う。

そんな拝金主義の社会が、“環境保護”という仮面をかぶって進んでいるのです。


けれども、私たちは知っています。

本当の豊かさとは、金の多さではなく、

心の静けさや、自然と共に生きる安心の中にあるということを。

人が木と共に生き、風を感じ、川のせせらぎを聞くとき、

そこにこそ本当の幸せがあるということを。


だからこそ、これからのエネルギーのあり方を、

もう一度見直す必要があります。

巨大な設備に頼るのではなく、

地域ごとに小さく、穏やかに、持続できる形をつくる。

屋根や遊休地を活かし、地元の人たちが支え合い、

外資に頼らない「地産地消型エネルギー」を育てていくことです。

自然を壊すのではなく、自然と共に生かされる仕組みを選ぶこと。

それが、真に“再生可能”なエネルギーの姿です。


私たちは、誰かを責めたいのではありません。

ただ、真実を見つめ、未来の子どもたちに、

豊かな森と澄んだ空気を残したいだけなのです。


この地球は、誰かの所有物ではありません。

すべての命が支え合い、つながり合って存在しています。

その調和を取り戻すことが、

人の心の豊かさを取り戻すことにつながるのです。


だからこそ、私たちは知り、考え、そして伝える。

自然と共に生きる社会を、もう一度取り戻すために。

目先の利益よりも、次の世代に残すべき“心の豊かさ”を選ぶために。


お金よりも、いのちを。

効率よりも、調和を。

奪い合う世界ではなく、分かち合う未来を。