その時の選択が正しかったのかどうかは、後になってみなければわかりません。
人生も仕事も経営も、人間関係も、未来を完全に予測することはできないからです。
だからこそ、「楽観的に予測し、悲観的に準備する」という考え方が、これからの時代を生きる上で必要なのではないでしょうか。
この言葉は、一見すると矛盾しているように聞こえるかもしれません。
楽観的なのか、悲観的なのか、どちらなのだろうと思うかもしれません。
しかし実際には、この二つは対立するものではなく、両方とも必要なものです。
まず、「楽観的に予測する」とは、未来に希望を持つことです。
きっと良くなる。
きっと乗り越えられる。
きっと成功する可能性がある。
そう信じるからこそ、人は挑戦できます。
もし最初から「どうせ失敗する」と思っていたら、新しいことに挑戦することもできません。
一方で、「悲観的に準備する」とは、最悪の事態も想定しておくことです。
うまくいかなかったらどうするのか。
予想外のことが起きたらどうするのか。
そこまで考えて準備しておくのです。
例えば、船で海を渡る船長を想像してみてください。
船長は目的地に無事到着できると信じて出航します。
もし遭難することばかり考えていたら、そもそも港から出ることすらできません。
しかし、だからといって何の準備もしないわけではありません。
救命胴衣を積み、無線機を確認し、天候を調べ、非常食も用意します。
つまり、無事に着くことを信じながらも、万一に備えているのです。
経営も同じです。
事業を始める経営者は、自社の商品やサービスが成功すると信じています。
しかし優れた経営者ほど、「もし売れなかったらどうするか」も考えています。
現金を確保する。
複数の取引先を持つ。
代替案を用意する。
成功を信じながら、失敗への備えも怠りません。
健康もそうです。
多くの人は、明日も元気でいられることを願っています。
しかし本当に健康を大切にする人は、「病気になる可能性もある」と考えます。
だから健康診断を受けたり、運動をしたり、食生活に気を配ったりします。
病気になることを望んでいるわけではありません。
元気でいるために備えているのです。
仕事でも同じことが言えます。
今の会社は安定しているかもしれません。
しかし、将来も絶対に安定している保証はありません。
だから新しい知識を学び、技術を身につけ、人脈を築いておく。
不安になるためではなく、安心して未来を迎えるためです。
人間関係も同じです。
この人とはずっと良い関係でいられると信じることは大切です。
しかし、その関係に甘えすぎて感謝や対話を怠れば、いつの間にか距離が生まれてしまうこともあります。
良い関係が続くことを信じながらも、日々の思いやりや感謝を忘れない。
これもまた、未来への備えなのだと思います。
国家の平和についても同じです。
誰もが平和な社会を望んでいます。
日本がこれからも戦争のない国であり続けてほしいと願っています。
しかし、平和を願うことと、備えることは矛盾しません。
消防署があるからといって、消防士が火事を望んでいるわけではありません。
むしろ誰よりも火事が起きないことを願っています。
それでも訓練を続け、消防車を整備し、万一に備えています。
自衛隊も同じです。
有事が起きないことを願いながらも、国民を守るために日々訓練を続けています。
本当に望んでいるのは、力を使うことではなく、使わなくても済む平和な状態です。
平和とは、「何も準備していない状態」ではありません。
平和とは、「万一に備えながら、それでも戦争を起こさせない状態」とも言えるのではないでしょうか。
人生には不確実なことがたくさんあります。
だからといって不安ばかり抱えて生きる必要はありません。
大切なのは、最悪の事態を想定して準備したら、その後は未来を信じて前に進むことです。
何も起きないことを願うだけでは、本当の安心は得られません。
しかし、何か起きても対応できる準備があると思えれば、人は安心して歩いていくことができます。
未来に対しては希望を持つこと。
現実に対しては備えを持つこと。
「楽観的に予測し、悲観的に準備する」とは、恐怖に支配されることでも、根拠のない楽観に頼ることでもありません。
希望を持ちながら現実を見つめること。
そして、どんな未来が訪れても対応できるよう静かに備えておくこと。
それが、不確実な時代をしなやかに生きるための知恵なのかもしれません。
