日本を守るとは、どういうことなのでしょうか。

それは「戦争をしたい」ということではありません。

また「武器を持たないこと」だけを意味するものでもありません。


日本を守るとは、

この国で生きる人々が、恐怖や不安に支配されることなく、

次の世代に、少しでも良い社会を手渡していくことです。


私たちはよく「平和を願う」と言います。

けれど、歴史を振り返ると、平和は願っただけでは守られてきませんでした。

平和が続いてきた背景には、必ず理由と仕組みがあります。


平和とは、偶然起きるものではなく、設計されるものです。

相手に「攻めても得はない」「誤算になる」と思わせる力。

争いが起きたときに、社会が簡単に分断されない強さ。

そして、約束を守り続けてきたという信頼の積み重ね。

これらがそろって、初めて平和は現実のものになります。


「戦争をしない国にする」という考え方は、とても大切な理想です。

しかし、その理想を語るなら、同時に考えなければならない問いがあります。

もし攻められたとき、どうやって国と人を守るのか。

どのような手段で、侵略を止めるのか。

その具体的な設計がなければ、理想は現実の前で崩れてしまいます。


防衛力を持つことは、誰かを傷つけるためではありません。

使うための力ではなく、使わせないための力です。

強さを誇示するためではなく、軽んじられないための前提です。


本当に成熟した国とは、

攻めない意思と、守れる力の両方を持つ国です。

どちらか一方だけでは、社会は不安定になります。


また、防衛の話は、武器や軍事だけに限られません。

経済、技術、外交、情報、教育。

日本を攻めることが、世界全体にとって大きな損失になる。

そう思わせる存在であることも、重要な抑止力です。


そしてもう一つ、見落としてはいけないことがあります。

それは、社会の内側が分断されていないか、という視点です。


不安や怒りが広がり、

誰かにレッテルを貼り、

冷静な議論ができなくなった社会は、

外からの影響にとても弱くなります。


本当に日本を守るということは、

意見の違いがあっても、相手の動機を考え、

事実と感情を分けて話し合える社会を保つことです。


疑うことよりも、確かめること。

攻撃することよりも、考えること。

その積み重ねが、国を内側から強くします。


日本には、他の国にはない価値があります。

約束を守ること。

品質をごまかさないこと。

弱い立場の人を簡単に切り捨てないこと。

他者を思いやること。


これらは、力で押し付けることはできません。

けれど、守り続けることで、必ず周りに伝わっていきます。


国は、恐れられると反発されます。

尊敬されると、真似されます。

日本が目指すべきは、後者です。


そのためにも、まず自分たちの足元を固める必要があります。

守れる力を持ち、

暴走しない知恵を持ち、

対話を諦めない姿勢を持つこと。


日本を守るということは、

誰かを排除することでも、過去に戻ることでもありません。

今を生きる人が、責任を持って未来を設計することです。


完璧な答えはありません。

だからこそ、感情ではなく、思考で語り続けることが大切です。


自分の国を守り、

少しずつ良くし、

その成果を次の世代に手渡す。


それが、日本を守るということの、本当の意味なのだと思います。