人は、立場が対等なときには、たいてい丁寧に振る舞います。
相手にどう見られるかを意識し、嫌われないように言葉を選び、態度を整えます。
それ自体は悪いことではありません。社会で生きるために必要な振る舞いでもあります。
しかし、客と店員、上司と部下、発注側と受注側など、
力関係が生まれた瞬間に態度が変わる人もいます。
自分が上だと無意識に感じたとき、人は驚くほど簡単に本性を表します。
横柄になる。
相手を軽んじる。
感謝や配慮を忘れる。
それは性格の問題というより、心の成熟度の問題です。
人は本来、不安を抱えています。
自分の価値が揺らぐことを恐れています。
その不安が強い人ほど、立場の優位によって安心し、
その安心の中で、抑えていた未熟さが表に出てしまうのです。
だから、立場が上になったときの態度こそが、その人の内面を映します。
本当に成熟した人は、力を持ったときほど、丁寧になります。
相手を尊重し、安心できる空気をつくろうとします。
自分の価値を、他人を下げることで証明する必要がないからです。
「自分がされたら嫌なことは、人にしない」
この姿勢は、単なる礼儀や道徳ではありません。
相手の立場を想像し、感じ取り、行動を選ぶ力です。
それは共感力であり、人としての深さです。
誰かを気遣う行為は、目立ちません。
評価もされにくいかもしれません。
けれど、人は理屈ではなく、体験した感情によって変わります。
尊重された記憶。
大切に扱われた感覚。
安心して存在できた時間。
そうした体験は、静かに人の中に残り、
やがてその人の振る舞いとして、別の誰かへと手渡されていきます。
だから、小さな行いが意味を持ちます。
今日初めて会った人にも、
いつも顔を合わせる人にも、
相手が少しでも心地よく過ごせるように接すること。
それは世界を大きく変える行為ではありません。
けれど、確実に世界を荒らさない行為です。
誰かの上に立たなくても、
誰かを支配しなくても、
人は静かに、周囲を良くしていくことができます。
その積み重ねが、
人と人の間に、穏やかな循環を生みます。
ほんの小さな配慮が、
人の心を変え、
その先の未来を、少しずつ変えていくのです。
