給料以上の仕事はしたくない。
そう感じるようになった人は、決して少なくありません。
頑張っても評価されない。
手伝えば仕事が増えるだけで、給料は変わらない。
期待に応えた結果、疲弊した経験をした人も多いはずです。
そうした中で、「これ以上はやらない」と線を引くのは、自分を守るための自然な選択です。
定時で帰るのは、労働者として正当な権利です。
無理をしないことも、心をすり減らさないために大切な判断です。
「給料以上の仕事はしない」という言葉には、これまで我慢してきた気持ちが込められています。
だからまず、その考え方を否定する必要はありません。
ただ、ここで一つだけ、静かに考えてみてほしいことがあります。
仕事をしていて、
「ただ時間を消費しているだけだ」
「一日が何も残らず終わっていく」
そんな感覚を覚えたことはないでしょうか。
それは、あなたが悪いからではありません。
仕事が「作業」になってしまっているとき、人はそう感じやすくなります。
給料は、決められた対価です。
けれど仕事の手応えや充実感は、給料の中には含まれていません。
それは、誰かの役に立っている実感や、自分なりに意味を見いだせたときに、あとから生まれるものです。
給料以上かどうかを、はっきり線引きするのは実はとても難しいことです。
自分では十分やっていると思っても、そう見られないこともあります。
逆に、評価されなくても、確実に積み重なっているものもあります。
心を切り離して働くと、確かに楽になります。
期待もされず、傷つくことも減ります。
けれど同時に、成長した実感や、誇りのようなものも感じにくくなっていきます。
ここで言いたいのは、
「もっと頑張れ」ということではありません。
「無理をしろ」という話でもありません。
仕事に、ほんの少しだけ、自分なりの意味を通してみる。
誰かの役に立ったと感じられる瞬間を、自分の中で大切にしてみる。
それだけで、仕事はただの作業ではなくなります。
心を込めて働くことは、会社のためだけではありません。
自分の時間が、何も残らず消えていかないためでもあります。
報われない努力を、無理に続ける必要はありません。
でも、「どうせ意味がない」と最初から心を閉じてしまうと、
仕事はますます空虚なものになってしまいます。
給料以上の仕事をするかどうかは、
誰かに強制されるものではなく、
自分の人生をどう扱いたいかという選択です。
自分を守りながら、
それでも心まで置き去りにしない働き方は、きっとあります。
給料以上の仕事をするかどうかは、
他人のためではなく、
自分の人生を空白にしないための問いなのだと思います。
