私たちは日々、お金と共に生きています。
働くこと、暮らすこと、選択すること。
その多くにお金は関わっています。
けれども、ここで一つ静かに考えてみたいことがあります。
お金でつながる関係は、お金がなくなったとき、どうなるのかという問いです。
お金を介して成り立つ関係は、等価交換が前提です。
対価があり、条件があり、役割があります。
それは社会を支えるために必要な、正しい仕組みです。
しかし、その関係は条件が失われた瞬間、終わりを迎えます。
だからこそ昔から
「金の切れ目は縁の切れ目」
と言われてきました。
一方で、お金がなくなっても残る関係があります。
それが、信頼と愛です。
信頼や愛は、損得で測れません。
見返りがなくても続き、
状況が悪くなっても壊れにくい。
人が弱ったとき、最もはっきりと姿を現します。
人は本能的に、
自分が何も持たなくなったときに残るものこそが本物だ
と知っているのかもしれません。
お金は行動を変えることはできます。
しかし、心を縛りつけることはできません。
むしろ、縛ろうとした瞬間に、心は離れていきます。
それでも、お金を持つ人は時に
「お金があれば心も手に入る」
と錯覚してしまいます。
人が集まり、意見が通り、断られなくなる。
その現象を、受け入れられている証だと思ってしまうのです。
けれどそこには、本音も反論もなく、
ただ距離を保ったまま人が近くにいるだけのことも少なくありません。
反対に、お金を持たない人は
「お金があれば自由になれる」
と感じます。
選択肢が限られ、我慢が続く中で、
お金は制限を外す鍵のように見えます。
それは間違いではありません。
お金は、時間や行動の余白をつくり、
恐れを和らげる力を持っています。
ただしそれは、自由そのものではなく、
自由へ向かう入口に過ぎません。
ここで大切なのは、
お金を持つ人も、持たない人も、
同じ誤解をしやすいということです。
それは、
お金が人生の主役だと思ってしまうこと。
本当は、お金は道具です。
環境を整えるための手段であり、
人生の方向を決めるものではありません。
人生の方向を決めるのは、
何を大切にし、
誰を信じ、
どんな関係の中で生きたいか、
という心の選択です。
お金が多くても、信頼がなければ不安は消えません。
お金が少なくても、愛があれば人は立ち上がれます。
最終的に人は、
心が安心できる場所へ戻ろうとする存在です。
だからこそ、
お金がなくなっても残る関係だけが、
本当の意味で人を支えるのです。
お金は大切です。
しかし、それ以上に大切なものがある。
多くの人は、お金を通して、そのことを静かに学んでいきます。
それは人生の厳しさであり、
同時に、人が人として生きるための、
とても優しい仕組みなのかもしれません。
