私たちの社会には、「触れてはいけない話題」があります。
政治や宗教、報道、そして特定の団体や国に関すること。
本来、民主主義の社会では、どんなことも自由に語り、事実を検証できるはずです。
けれど、いつの間にか「言ってはいけない空気」が生まれ、人々は沈黙を選ぶようになりました。
しかし、タブーが生まれるところには、必ず「力」が存在します。
その力が、誰かを縛り、真実を覆い隠していることがあります。
それは特定の宗教であれ、政治組織であれ、企業であれ、構造は同じです。
問題なのは「信仰」そのものではなく、信仰や理念を利用して人を支配し、社会をコントロールしようとする構造です。
本来、宗教も政治も、人を幸せにするためにあるはずです。
それが、人々の心を縛り、自由な意見を封じてしまうようになれば、本末転倒です。
だからこそ、私たちは「タブー」に光を当て、恐れずに語る勇気を持たなければなりません。
メディアが沈黙するのは、権力への遠慮かもしれません。
政治家が何も言わないのは、票や立場を守るためかもしれません。
でも、本当にこの国を守るのは、そうした「保身」ではなく、真実を語る一人ひとりの勇気です。
SNSやネットの時代になり、私たちはようやく自由に発信できる力を手にしました。
それは、かつて声を上げられなかった人々が、思いを伝え、事実を共有できる新しい時代の始まりです。
しかしその自由も、再び封じられようとしています。
だからこそ、私たちは声を上げ続ける必要があります。
誰かを憎むためではなく、世界を健全にするために。
タブーを壊すというのは、誰かを攻撃することではありません。
それは、真実を隠さない社会を取り戻すということです。
どんな立場の人でも、自由に話し合い、理解し合える世界。
それこそが、平和で成熟した社会の姿です。
沈黙は、優しさではありません。
本当の優しさとは、真実を語り合い、痛みを共有しながらも、より良い未来を築こうとすることです。
私たちは今、その勇気を試されています。
タブーを越えて、恐れずに語る。
その小さな一歩が、やがて大きな変化を生むのです。
