かつて革新的だったものも、時間が経てば古くなっていきます。
最初は時代を切り開くような輝きを放っていたものが、
いつの間にか形だけが残り、形式となり、
新しい風を生む力を失ってしまう。
かつて、それを始めたのは若者たちでした。
彼らは恐れを知らず、常識を疑い、
まだ誰も踏み入れたことのない道を歩き出した。
その感性は鋭く、どこか危うく、
けれど確かに「生きている」という熱を帯びていました。
しかし、どんなに革命的なものも、
時間の流れの中で「当たり前」になっていきます。
かつての革新は、いつしか制度となり、文化となり、
やがて守られるべきものに変わっていくのです。
そして、その形にしがみつく人たちが現れます。
「これが本物だ」と信じ、
かつての栄光を守ろうとする。
その姿は決して悪ではありません。
むしろ、そこに生き続けること自体、
深い情熱と覚悟の証でしょう。
けれど、そこにスピリットが失われた瞬間、
革新はただの形式になります。
かつて型を破ったはずの人々が、
今度は自らが型を作る側に回ってしまう。
そこに若者は魅力を感じなくなり、
「古い」「ダサい」と距離を置くようになるのです。
本当の革新とは、形ではありません。
それは「常識を疑い、もう一度問い直す」スピリットです。
スピリットとは、時代や流行を超えて、
新しい風を吹かせようとする心のこと。
形は壊れてもいい。
けれど、スピリットは壊してはいけない。
それは形を変えながら受け継がれていくものだから。
大切なのは、「何を守るか」ではなく、
「何を問い直し続けるか」です。
過去を敬いながらも、
そこに安住しない勇気を持つこと。
それが、本当の意味での“継承”なのだと思います。
若者が新しい世界を創り、
年長者がその火を守り、再び若者へと渡していく。
その循環がある限り、
革新のスピリットは決して絶えることはありません。
時代は変わります。
形も、流行も、価値観も変わります。
けれど、
「自由に考えること」
「自分の頭で問い直すこと」
「何かを恐れず、踏み出すこと」
このスピリットだけは、いつの時代も普遍です。
だからこそ、私たちは問い続ける必要があります。
今の“当たり前”は、本当に正しいのか。
今の“形”は、本当に生きているのか。
革新とは、誰かが新しいことを始めることではありません。
それは、誰もが自分の中に眠っている“スピリット”を呼び覚ますこと。
年齢も、立場も、関係ありません。
革新とは、生きることそのものなのです。
