私たちが生きるこの時代、情報は国や社会のあり方を大きく左右します。

かつては官僚や政治家、そして新聞やテレビといった大手メディアが情報を独占し、私たちはそこから流れてくるものを受け取るしかありませんでした。


けれどもSNSの登場によって、状況は一変しました。

一人ひとりが声を発信でき、思いがけない場所から真実が広がるようになったのです。これは、支配する側にとっては大きな脅威となりました。


だからこそ今、SNSを「誤情報の温床」と決めつけて、規制や統制を強めようとする動きが出ています。

確かにデマや誹謗中傷は許されるものではありません。しかし、権力にとって都合の悪い情報までも「誤情報」として消されてしまうなら、それは民主主義そのものを揺るがす危険な行為です。


一方で、新聞やテレビのようなオールドメディアには甘い対応が続いています。政府や与党に不都合なことはほとんど取り上げず、逆に地方の小さな問題ばかりを大きく報じる。そんな二重基準がまかり通っています。

この姿勢こそが、人々の信頼を失わせているのではないでしょうか。


私たちが忘れてはいけないのは、SNSには確かに未熟さもあるけれど、同時に「声なき声を届ける力」があるということです。

本来メディアが果たすべき役割――権力を監視し、国民の知る権利を守ること――その一部をSNSが担い始めています。だからこそ、私たちはその自由を守り抜かなければなりません。


もし本当に「誤情報」対策をするというのなら、まずは新聞やテレビにも公平に適用されるべきです。SNSだけを狙い撃ちにするのはおかしいことです。


そして私たちは問いかけなければなりません。

政治は誰のためにあるのか。

なぜ国民が望む政策――たとえば消費税の廃止や生活を支える改革――は実行されず、代わりに増税や社会保険料の引き上げばかりが進むのか。

なぜ政治家やその家族の利益とつながる政策が堂々と推し進められてしまうのか。


こうした疑問を持ち続けること、声を上げることこそが、民主主義を支える力です。

今の時代、情報を一方的に押し付けられるだけの国民でいることは、もうできません。

私たち一人ひとりが考え、確かめ、問い直し、声を届ける。


その積み重ねが、自由にものを言える社会を守る唯一の道です。

情報の自由は、私たちの未来そのものだからです。