「女性の社会進出」。

この言葉が“正義”として語られるようになったのは、いつからでしょうか。


たしかに、働きたいと願う女性に道が開かれていくことは、大切な社会の進歩です。

けれど、すべての女性が「社会で活躍すること」だけを望んでいるわけではありません。


子どもを産み、家庭を築き、ささやかで温かな日常を大切に生きたいと願う女性もたくさんいます。

でも今の社会では、そうした想いが「時代遅れ」「依存的」と見なされてしまうこともあります。

メディアでは、「女性ももっと働くべき」「管理職や起業家を目指すべき」といった価値観が繰り返し発信されています。


その背景には、単なる“男女平等”だけでなく、

グローバル経済のシステムに女性を組み込もうとする流れがあるようにも感じます。

家庭よりも経済参加が優先される構造が、“自由”や“平等”の名のもとに広がっている――

そんな風に感じることもあります。


けれど現実は、厳しいものです。

家計のために夫婦でフルタイムで働かざるを得ず、子どもは長時間保育園に預けられ、家族で過ごす時間はどんどん減っていく。


しかも共働きをしても、保育料や税金の負担が増えて、思ったほど生活は楽にならない。


「家計のために働く」はずが、結果として心も体もすり減ってしまう――

そんな家庭も少なくありません。


でも、これは本当に“女性の自由な選択”なのでしょうか?


もし、社会全体がもっと経済的に健全で、豊かさが庶民の暮らしに届いていれば、夫ひとりの収入でも家族が安心して生活できる。


そうであれば、多くの女性は「育児に専念したい」「家庭を大切にしたい」という思いを、もっと自然に、無理なく実現できるはずです。


つまり、今「女性も外で働かざるを得ない」とされている背景には、社会の“経済的疲弊”が深く関わっているのです。


経済の立て直しこそが、女性たちが本来望んでいるライフスタイル――

家庭を守り、子育てをし、家族との時間を大切にする生き方――を実現できる社会への第一歩なのかもしれません。


「働く女性」もいれば、「家庭に専念したい女性」もいる。

「社会で活躍したい」という夢も尊いけれど、

「家族と過ごす時間を大切にしたい」という願いも、同じように尊い。


本当の自由とは、すべての人が同じ方向に向かうことではなく、

一人ひとりが“自分らしい生き方”を選べること。


外で活躍することだけが価値なのではなく、

家庭を守ること、子どもを育てることも、社会にとって欠かせない、かけがえのない役割です。


社会が進めようとする方向や、メディアが語る“正しさ”が、

本当に私たち一人ひとりの幸せと一致しているかどうか――

今こそ、自分の本当の声に耳を傾ける時なのかもしれません。


誰かの“正解”ではなく、自分自身の“本当の願い”を選ぶこと。

それが、これからの時代に必要な、生き方の選択なのではないでしょうか。