近年、「少子化が深刻だ」「労働人口が足りない」という言葉をよく耳にします。
ニュースでも政治の議論でも、将来の危機としてたびたび取り上げられます。
でも、ふと立ち止まって考えてみませんか?
本当に、労働人口が減ることは「困ること」なのでしょうか?
実は、世界ではすでにさまざまな仕事が、AIやロボットによって代替され始めています。
運送業では自動運転やドローンが、介護では見守りロボットや排泄補助機器が、
そして飲食や物流では、配膳ロボットや仕分け機が、静かに社会の中に入り込んでいます。
かつて10人でやっていた仕事が、いまや1人でできるようになりつつあります。
企業は人件費を削減し、黒字のままでもリストラを進める。
ホワイトカラーの仕事も例外ではありません。
AIが事務処理や分析、文章作成まで行えるようになった今、
「働きたいけど働けない人」が溢れてきています。
そんな中でも、建築、介護、運送、サービスなどの3K労働は人手不足のまま。
でも、多くの人はそれらの仕事を「やりたくない」と感じています。
だから、ハローワークにはホワイトカラー志望者が溢れ、
求人と求職がかみ合わない“ミスマッチ”が拡大しています。
では──このまま未来を迎えたらどうなるのでしょうか?
10年後、20年後、私たちはきっと気づくことになります。
「人が足りない」のではなく、「人が余る時代」が来ているのだと。
働かなくても生きていける社会。
ベーシックインカムのような制度に支えられて生活できるかもしれません。
でも、生活できることと、生きがいがあることはまったく別の話です。
やることがなくなった人間は、生きる意味を見失い、孤独に向き合うことになるかもしれません。
その先にあるのは、現実からの逃避──仮想空間への没入です。
すでに、日本を含む各国では「仮想空間でアバターとして生きる」という技術の開発が進んでいます。
眠ったまま仕事をし、現実よりも理想の自分として、仮想世界で生活する未来。
それは、「本当の自分とは誰なのか?」という根源的な問いを私たちに投げかけます。
このような未来が訪れるとすれば、果たして「人口が減ること」は悪いことでしょうか?
むしろ、人が減ることで、AIとロボットが担う社会とのバランスが取れ、
生きがいを分け合えるコンパクトで持続可能な社会になるのかもしれません。
働かなくてもいい未来は、
「便利な時代」であると同時に、「自分らしく生きることの難しさ」が問われる時代でもあります。
だからこそ今、私たちは考える必要があります。
人が多ければ多いほど、幸せになれるのでしょうか?
本当に必要なのは、「人を増やすこと」なのでしょうか?
それとも、「一人ひとりが、無理なく役割を持って生きられる社会」を目指すべきなのでしょうか?
答えはまだ出ていません。
けれど、AIと共に生きる未来に向かって、
私たち一人ひとりが「何のために生きるのか」を問い直す時が来ているのかもしれません。
