暖かいと いろんなところに出かけたくなる。
寒いとトイレさえ面倒になる。
寒くなると暗い気持ちになってハピちゃんの事を考えると寂しく悲しくなると思っていた。
寒くなってくると面倒な方が勝ってきた気がする。
それでいいと思う。
話し合いには何通りかの目的があると思う。

大まかには

A:相手に自分の意思を伝えるためのもの
B:相手を理解するためのもの

A:A、 A:B、 B:Bの様な対立がある

両者の目的をうまく混じ合わせる為に中立な立場で仲介者や立会人があれば少しは上手く話は進むかもしれない。

でも、A:Aの様な対立はよほど互いの理解者でないと仲介役は難しく、なかなかまとまらない。

が〜は対立したいとは思はないんだ
理解をしたいために知りたい。
その為に話を聞いてそれに対して疑問を投げて理解をしたい。
対立前提として ハピちゃんの意思を受け入れたいからだ。

でも、ほとんどの人は話し合いはA:Aであると思い込んでいる。
だから、話し合っても無駄だと思い込んでいる。

ハピちゃんは そんな が〜を忘れてるよ。
が〜は 結果の悪さより どうしてそうなるのかを知るほうが興味がある。

結果なんてなるようにしかならない。
それよりも経緯を理解したい人である事を前提として忘れてる。

そこを解ってないんだなという風に表現してたが、今更ながら そこから説明しないといけなかったのかと思うと、残念で無駄な時間を沢山使ってしまったのかもしれないなと後悔もしてしまう。
この先ハピちゃんと話せるようになったとしたら、また悲しくなる人がいるわけで
その人を見るとハピちゃんは、またつらくなる。
そんな事を繰り返す事はやっぱり無理な事だ。

そういう事もあったなと、たまに思い出せるような自然に記憶から消えていく事が今が~に唯一出来る事だ。

ハピちゃんを思う気持ちは変わらないけど
その気持ちはハピちゃんを大切にしたいと思う気持ちでもあるわけで、あせって結論を出す必要も無ければ無理に忘れようとする必要も無い。

今が辛くて苦しいなら泣き言が聞こえてくるはずだし、聞こえてこないのは何とかなってるという事だ。

が〜が、女々しく、ただ引きずっているだけなんだ。

そんなふうに考えることが出来た。