そのままの自分で生きること。


ずっと望んでいたけど
ずっと1番の願いだったけど

なかなか実行に移せなかった。


いい加減、
自分に嘘つくことに
自分が耐えきれなくなって
爆発して
まともじゃない自分に諦めがついて

今に至るんだけど。





まともじゃない自分で生きだしたら

本当に怖がってたのは
自分がまともじゃないこと
そのものだったって気づいた。





ずっとこんな自分じゃ
周りに拒絶される
絶対拒絶される。

それを理由に
自分に嘘ついて
自分を偽って
生きてきたんだけど。

実際は違った。





周りに拒絶されるのが怖かったんじゃなくて
それは真実の隠れ蓑で
自分がまともじゃないってことを
自分が認められないでいただけだった。





わたしってまともじゃないんですよね?
だから周りに拒絶されるんですよね?
本当のわたしを見せると拒絶するのは、わたしがまともじゃないからですよね?

って演じていながら

まともじゃない自分を1番受け容れてなかったのは自分自身という・・・

拒絶してんのお前じゃねーかというカラクリ。



怖がるフリをして
自分が本当はまともじゃなくないってことを
周りに証明して欲しかったんだな。

わたしまともじゃないですよね?
だからあなたはわたしを拒絶するんですよね?
望んでる相手の反応とシナリオ:
本当は拒絶しないで受け容れて欲しい。もし勇気を出して自分がまともじゃない姿をみせたとき、相手がその姿を受け容れてくれたとすると、「まともじゃないことがそうじゃない=わたしはまとも」ということを証明してもらえた、ということになるから。





・・・めんどくさ。


自分はまともじゃないってことに怯えながら
本当はまともでいたかっただけ。

ていうか、
自分はまともじゃないってことに
怯えてる時点で
自分はまともじゃないってことを
受け容れてなかったんだな。


冷静になれば簡単なことじゃん。


でも怯えてるときは
恐怖で頭がいっぱいで
そんな仕組みだったとは気づけなかったよ。








と言うわけで、
自分がまともじゃないって受け容れたら
そんな世界が見えた。

めっちゃ拒絶されることを恐れてる
自分の一面って
実は自分自身が拒絶して受け容れてないって
ことなのかもね。
















我慢の限界に達して
大声で泣きわめいて叫ぶ・・・


めっちゃ毛嫌いしてた人の姿だったけど


それ、わたしのことだったよ。


そんなことするなんて
そんな風に感情をコントロールできないなんて
大人じゃない
愚かだ
努力が足りない

ってめっちゃディスって
全力で否定してたけど

実際そんなことするの自分じゃんって
受け容れたら

気にならなくなった。



拒絶していたのは

そんなことをしてしまう自分がいることが
怖くて
恐ろしくて
許せなかったからなんだね。


拒絶してるって
そういうことなのかなって思った。


実際は
そういうこと
そういう姿
そういう行動
してしまう自分がいるのに

それに恐怖を感じてて
受け入れがたいことに対して
感じてることなのかも。










今日、たまたまFacebookでみかけた投稿みて
めっちゃ腹が立った。
腸が煮えくり返った。


それは子供を殺したいなんて言う母親がいなくなるといいっていう投稿だった
(と思う。ちょっと読んでムカついて画面消しちゃったから最後までちゃんと読んでない。そんな内容だった)


なんかそれ読んで
めっちゃムカついたんだよね。


その人が正しいこと言ってるのはわかる。
めっちゃ正論なのわかってる。


子供を殺したいなんて
言っちゃいけないことなんて100も承知。

でもさ、言わなきゃやってられない状態になっちゃう時ってあるんだよね。


なんか優しそうな文章の裏にある
それとは裏腹の
まともな子育てできない母親に対する
憎悪と軽蔑を感じて
めっちゃ傷ついた。







ま、
そう勝手に感じて
勝手に傷ついたのはわたしなんだけど。


その人が実際どう思ってるのか
わたしには分かりようがないし。


わたしが
まともな子育てできない母親に対して

世間から

周りから

そう思われてるって
思ってるだけなんだよね。


だって怖いんだ。
まともに子育てできない自分が育てた子供が
将来どうなっちゃうのか。

不安で
不安で
仕方ない。

でも
ちゃんとできない。


きっとちゃんとできる人からしたら
「ちゃんとすればいいのに」って
簡単にできるように思うんだろうけどね。



できないものはできないの。
本当にできないの。
マジでできないの。



子育て
必死です。



必死なんだけど・・・
まともに憧れてるなぁ。わたし。

まともな子育てできないことに
負い目を感じてる。

しょうがないと思ってても
できないとわかってても

まだちゃんとした子育てに
しがみつきたい自分がいる。

だってそのほうが確実そうじゃん?
ちゃんとした子供に確実に育ちそうじゃん?

わたしの道は
未知すぎる。

まともじゃない自分が
まともじゃない子育てして

子供はどんな風に育つんだろう。

そりゃやっぱり
幸せになってほしいもん。

不安でいっぱいになっちゃうんだよね。

わたしなりに
何とかバランスとって
生きてるわけです。

まともじゃないけどさ

まともじゃないなりに
子供の幸せは願ってるよ。


ただまともじゃなくて
精神的にもポンコツなので
ストレス溜まっちゃうと
子供のことが可愛くなくなっちゃうけどさ。


でも
それでも
わたしなりに
精一杯子育てしてる。

暴言吐く
大泣きする

精一杯なの。
ただ頑張ってるだけなの。

そう。
精一杯頑張ってるんだよね。

不器用で
うまく感情発散できなくて
ときに爆発しちゃうけど。

でも子供のこと大切なんだよ。
とっても大切なんだよ。

ただ
不器用で
下手なだけ。


それを別に誰かに理解してもらわなくてもいいんだけど
なかなかそんな子育てでいいって
不安ゼロで受け容れられるようになるには
まだ時間かかりそう。


そんなポンコツな自分が
穏やかに過ごすためには
まともじゃない子育てが必要で。


わたしにとっては
穏やかに日々を過ごすための
ソリューション。

そう。
必要なんだよね。

ポンコツが子育てするために
まともじゃない子育てが必要。

そう。
必要なんだなぁ。

わたしには
まともじゃない子育てが必要なんだ。

なんか、みえた。
そっかそっか。
わたしには
まともじゃない子育てが必要なんだった。


そっか。
そういうことか。

なんか納得。