そのままの自分で生きること。
ずっと望んでいたけど
ずっと1番の願いだったけど
なかなか実行に移せなかった。
いい加減、
自分に嘘つくことに
自分が耐えきれなくなって
爆発して
まともじゃない自分に諦めがついて
今に至るんだけど。
まともじゃない自分で生きだしたら
本当に怖がってたのは
自分がまともじゃないこと
そのものだったって気づいた。
ずっとこんな自分じゃ
周りに拒絶される
絶対拒絶される。
それを理由に
自分に嘘ついて
自分を偽って
生きてきたんだけど。
実際は違った。
周りに拒絶されるのが怖かったんじゃなくて
それは真実の隠れ蓑で
自分がまともじゃないってことを
自分が認められないでいただけだった。
わたしってまともじゃないんですよね?
だから周りに拒絶されるんですよね?
本当のわたしを見せると拒絶するのは、わたしがまともじゃないからですよね?
って演じていながら
まともじゃない自分を1番受け容れてなかったのは自分自身という・・・
拒絶してんのお前じゃねーかというカラクリ。
怖がるフリをして
自分が本当はまともじゃなくないってことを
周りに証明して欲しかったんだな。
わたしまともじゃないですよね?
↓
だからあなたはわたしを拒絶するんですよね?
↓
望んでる相手の反応とシナリオ:
本当は拒絶しないで受け容れて欲しい。もし勇気を出して自分がまともじゃない姿をみせたとき、相手がその姿を受け容れてくれたとすると、「まともじゃないことがそうじゃない=わたしはまとも」ということを証明してもらえた、ということになるから。
・・・めんどくさ。
自分はまともじゃないってことに怯えながら
本当はまともでいたかっただけ。
ていうか、
自分はまともじゃないってことに
怯えてる時点で
自分はまともじゃないってことを
受け容れてなかったんだな。
冷静になれば簡単なことじゃん。
でも怯えてるときは
恐怖で頭がいっぱいで
そんな仕組みだったとは気づけなかったよ。
と言うわけで、
自分がまともじゃないって受け容れたら
そんな世界が見えた。
めっちゃ拒絶されることを恐れてる
自分の一面って
実は自分自身が拒絶して受け容れてないって
ことなのかもね。