罪を犯した二人の若者の対照的な倫理観 月村了衛「半暮刻」を読んで | パンクフロイドのブログ

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私たちは何度でも立ち上がってきた。
ともに苦難を乗り越えよう!

 

山科翔太はホストクラブもどきの会員制バー「カタラ」新宿店に勤めていました。彼はナンパで引っかけた女の子を店に連れて行き散財させ、借金を拵えさせた挙句、風俗店に売り飛ばす阿漕な仕事をしています。翔太は同じ店で働く辻井海斗から声をかけられ、タッグを組んで二人組の女の子を口説く話を持ち掛けられます。

 

母親の育児放棄によって児童養護施設で育った翔太に対し、海斗は裕福な家庭に生まれたこともあって、育ちの良さを窺わせました。そんな翔太と海斗が組んだことにより、忽ち店内での二人のランキングはトップになり、「カタラ」グループの創設者である城有からも目をかけられるようになります。二人は「カタラ」グループの全店舗のトップテンに入るほどの成績を上げる一方で、マネージャーの道後や同僚たちから嫉妬と反感を買います。

 

そんな折、二人は城有から東坊会の陣能を紹介され、やくざの迫力にたじろぎます。その後、海斗が店を休み続けた矢先、「カタラ」グループに手入れが入り、翔太も警察に逮捕されます。主犯の城有を始め、「カタラ」グループに関わっていた者たちが、有罪ながら執行猶予が付いたのに対し、翔太は仲間を売らなかったことで執行猶予なしの懲役3年の実刑判決が下されます。一方、海斗は運良く警察に目をつけられなかったため、広告代理店最大手の「アドルーラー」への就職ができました。

 

やがて3年が経ち、翔太が出所します。しかし、前科者であることからどこも雇ってもらえず、やくざ者の仙貝の伝手で、どうにかデリヘル嬢の送り迎えをするドライバーの仕事にありつきます。そこで彼は、デリヘル嬢の有紀と知り合います。有紀は車での移動中に本を読んでおり、翔太は彼女の読んでいる小説に興味を持つうちに、自身も次第に読書にのめり込むようになります。

 

ところが、仙貝の所属している仰木組の運転手をしていたことがバレ、デリヘルのドライバーをクビになります。翔太は堅気になることを有紀に約束し、仰木組に200万円を分割で納めることで足抜けをし、光来印刷で働き始めます。しかし、その頃から彼は悪夢を見るようになり、心配した有紀は翔太の郷里に連れて行き、夢の原因を探ろうとします。その結果、翔太に弟がいたこと、その弟を見殺しにしてしまった記憶が甦るのです・・・。

 

ここからは感想です

 

本書は第一部の翔太の罪、第二部の海斗の罰の二部構成で話が進められていきます。第一部では恵まれない家庭環境で育った翔太が、弟を見捨てた記憶を取り戻すまでの罪が語られ、第二部では「カタラ」グループで起こした罪を逃れた海斗が、巨大プロジェクトを手掛けるうちに城有や陣能など過去の亡霊が現れ、罰を受ける話が語られていきます。

 

月村了衛の小説には、しばしば実在の人物や実際に起きた事件を取り込むことが多く見られ、本書においても芸能人を巻き込んだ半グレの事件、過労による電通の女性社員の自殺、東京五輪に纏わるトラブル、目立ちたがりで実務が無能な都知事など、モデルとなる人物や事件がすぐに思い浮かびます。

 

虚実織り交ぜた手法は、当時の空気を直に知っていれば、より臨場感のあるドラマとなって返ってきますが、残念ながら本書は「東京輪舞」や「欺される衆生」ほどの興奮はもたらされませんでした。半グレ集団が掲げる「自分磨き」「向上心」が薄っぺらい上に、こんなもので釣られる翔太や海斗が馬鹿に見えてしまうのが、興醒めの一因になっています。

 

また、一昔前ならばいざ知らず、上場までしている一流企業がここまで法令遵守を無視した無茶なパワハラ体質を許しているとは思えず、デフォルメし過ぎて絵空事としか思えなくなってきます。

 

ただし、リアリティを別にすれば、海斗が問題山積みのプロジェクトの中で、トラブルをどのように対処していくかは、読みどころのひとつになっています。海斗は人の痛みが分からない類の人間で、罪に対しても無自覚。最終的にアルドーラーの不祥事が世間に知られ、彼にもそれなりの制裁が下されます。しかし、最後まで反省の色がなく終わる辺りは、懲りない馬鹿を大好物な当方としては、いいキャラクターになっていました。