志し半ばでアラブの地を去らねばならなくなった男を描いた「アラビアのロレンス 完全版」を観て | パンクフロイドのブログ

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こうのすシネマ

午前十時の映画祭 より

 

製作年:1962年

製作:イギリス

監督:デヴィッド・リーン

脚本:ロバート・ボルト

原作:T・E・ロレンス

撮影:フレデリック・A・ヤング ニコラス・ローグ

美術:ジョン・ボックス

音楽:モーリス・ジャール

出演:ピーター・オトゥール アレック・ギネス アンソニー・クイン ジャック・ホーキンス

         ホセ・フェラー アンソニー・クェイル オマー・シャリフ

2008年12月20日公開

 

1916年、英国陸軍カイロ司令部に勤務中のロレンス中尉(ピーター・オトゥール)は、トルコによる統治に対して反乱を起しつつあるアラブ民族の情勢を探るよう命じられます。ロレンスは反乱軍の指揮者であるファイサル王子(アレック・ギネス)の陣営に旅立ちますが、その途中、ハリト族の首長アリ(オマー・シャリフ)が別の部族の案内役に対して、井戸の水を飲んだという理由で殺したことに大いに失望します。アリは代わりに案内役を申し出ますが、ロレンスは断ります。

 

ロレンスは反乱軍の陣営近くで英国軍の連絡将校ブライトン大佐(アンソニー・クェイル)に遭遇し、アラブ人たちがトルコ空軍の爆撃を受けるのを目の当たりにします。ブライトン大佐はアラブ民族に英国軍の武器による指導と訓練をファイサルに提案しますが、ロレンスは彼らが英国軍に依存することを懸念します。

 

ロレンスはトルコ軍の砲台が海に向けているのに目をつけ、ネフド砂漠を渡りアカバを奇襲する作戦を立てます。ロレンスは秘かにアラブ人50人を率いてアカバへと向かいます。その途中、ロレンスはハウエイタット族を率いるアウダ(アンソニー・クイン)と遭遇し、彼の部族を味方に引き入れます。

 

一行はアウダの招きで食事に呼ばれますが、ハリト族の兵士が些細な諍いからハウエイタット族の兵士を殺してしまいます。ロレンスは軍の統制と団結を保つために、苦渋の思いで兵士を処刑します。こうしてハリト族とハウエイタット族の入り混じったアラブ軍は、アカバを急襲するのですが・・・。

 

主人公のトマス・エドワード・ロレンスは、軍人らしからぬ破天荒な行動を取ります。アラブ情勢を偵察する目的で派遣されたにも関わらず、アラブ民族に肩入れし過ぎて、極秘裏にアカバ攻略の指揮まで執ってしまいます。そこに辿り着くまでにも、彼らしい挿話が盛り込まれています。

 

らくだから放り出されたカシムに対して、指揮官自ら救いに行くのがほんの一例。現場を統率する者として、非情な決断を下さねばならぬ立場の者が、情に流される判断をして、部隊を危機に陥れかねない行動を取るのは如何なものかと思います。その一方で、どんな状況に置かれても必ず助けに行く姿勢を見せるのは、部下からすれば心強く感じられ、部隊の士気も上がります。ロレンスにはこうした自分の立場を逸脱した行為がしばしば見られます。

 

ロレンスの存在は英国やアラブにとっても諸刃の剣と言えます。部族間の争いを調停しながら、アラブの統一を目指すロレンスは、トルコ軍との戦いにおいては有用である反面、後々に部族間を分断した状態にして支配したい英国にとっては、好ましからざる人物でもあります。また、トルコから独立したいアラブ民族にしても、ロレンスは不可欠である一方、西洋の価値観で部族間の諍いや慣習に口出しして欲しくない想いもあります。

 

そのロレンスは、本気でアラブ世界の統一を願っていますが、彼らと接していくうちに厳しい現実を思い知らされます。アカバ攻略を目の前にしながら、部族間で些細な争いごとが起きて、ハウエイタット族の一人が死亡し、矛を収めるために、ロレンス自ら処分を下さねばならなくなります。しかも、ハウエイタット族を殺したハリト族が、よりによってこの人物か・・・と言った具合に、作劇としても巧く機能しています。

 

また、ロレンスがダマスカス侵攻を成功させた後、アラブ人に統治させようとしたら、国民会議ではエゴのぶつかり合いで何もまとまらず、おまけにインフラが機能せず、英国軍に助けを求めようとしなかったばかりに悲惨な状態に陥ります。この辺りも先進国の関わり抜きには、独立の難しい発展途上国の現実を突いています。

 

この映画では戦争犯罪に関しても、先進国と発展途上国との見解の相違を如実に示しています。米国の新聞記者がアラブ側の負傷者数と死者数の比率に疑問が生じた際に、その違いが露わになります。トルコ軍の捕虜は英国軍によって比較的手厚く扱われますが、トルコ軍に捕らわれたアラブ兵は必ずしもそうではありません。同胞が悲惨な目に遭わされるならば、戦場から動けなくなった者にはいっそのこと自分たちで・・・となってもおかしくはないでしょう。

 

これが果たして野蛮な行為と言えるかどうかは難しいところ。現代においても、死刑制度を廃止した国では警官がその場で凶悪犯を射殺する場合が多く、死刑制度のある日本ではきちんと裁判が開かれた上で刑が下されており、法に照らし合わせた制度に相応しいのはどちらか?と言うことにもなります。こうした民族の価値観によって行動原理も違ってくる点に、目を付けた処ひとつとっても、デヴィッド・リーンはさすがと言いたくなります。

 

映画の冒頭で、既にロレンスの運命は示されており、失意のうちにアラブの地を去らねばならなくなった彼の心情を思うと、映画の後半は観ていて辛くなってきます。その一方で、砂漠の美しさは随所に見られ、中には絵画を鑑賞するかのような素晴らしいショットもあります。CGを一切使用しないからこそ、戦闘場面では人と動物の数の多さに圧倒され壮観さも際立ちます。大作を多く手掛けたデヴィッド・リーンに相応しい風格のある映画でした。