財閥の社長が貧乏人を装って一流ホテルに泊まったら・・・「春の夜の出来事」を観て | パンクフロイドのブログ

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シネマヴェーラ渋谷

才気と洒脱 中平康の世界 より

 

製作:日活

監督:西河克己

脚本:中平康 西河克己

原作:尾崎浩

撮影:姫田真佐久

美術:西亥一郎

音楽:黛敏郎

出演:若原雅夫 三島耕 伊藤雄之助 芦川いづみ 宮城千賀子

         夏川静江 東山千栄子 石黒達也 左卜全 織田政雄 岡田真澄

1955年6月14日公開

 

大財閥大内産業の社長・大内郷太郎(若原雅夫)は、自社の傘下にあるくるみ製菓の懸賞募集に匿名で応募し、二等に当選して赤倉のグランドホテルへ招待されます。郷太郎は貧乏人に身をやつし、心配する執事の吉岡(伊藤雄之助)を社長に仕立てて、共に赤倉へ向かいます。一方、二宮真一(三島耕)は大学卒業後も職がなく、懸賞募集に応募していました。彼は既に7回当選しており、今度も一等に当選して赤倉へ招待されます。

 

その頃、18歳の郷太郎の娘・百合子(芦川いづみ)は父の身を心配し、ホテルへ電話で当選者の素姓を知らせます。ところが、ホテルの支配人(清水一郎)は真一を大富豪と勘違いし、本物の郷太郎を邪険に扱います。吉岡は慣れない社長暮しを命ぜられた上に、郷太郎が素性を明らかにしないものだからハラハラするばかりです。彼は堪らず百合子に連絡。彼女は伯母に化けた女中のまつ(東山千栄子)と共に父を追ってホテルへ行きます。その途中、百合子は父と親しくなった真一に会い彼に恋してしまいます。

 

やがて、宿泊客にも真一が大富豪との噂が広まり、石神夫人(宮城千賀子)やダンスに夢中の山口マリ子(東谷瑛子)を始め、ホテルの女性客は若くてハンサムな真一に夢中になります。仮装舞踏会の夜、百合子は石神夫人が真一に迫るのを嫉妬しますが、二人は初めて互いに心の中を打ち明けます。そんな折、郷太郎がホテルから追い出されてしまいます・・・。

 

監督は西河克己ですが、中平康が脚本に絡んでいるだけあって、随所に洒落っ気のある作品に仕上がっています。身分を偽って社会の実情を知ろうとする点においては、プレストン・スタージェスの「サリヴァンの旅」におけるジョエル・マクリーや、エリア・カザンの「紳士協定」におけるグレゴリー・ペックなどが挙げられます。

 

本作の主人公はそこまで大げさに考えていなく、単に一般人と同じように扱われてみたかっただけかもしれません。その証拠に不便ささえも楽しんでいるように見受けられます。その一方で、身なりだけで人間の価値を判断される現状を否応なく味わわされもします。ただ、大内郷太郎はそのことを十分に踏まえた上で行動しているように感じられ、ホテルの従業員が彼に行う粗末な扱われ方に対しても、お咎めなしで済ます度量の大きさが窺えます。

 

この社長の身の回りの世話をする人物に、伊藤雄之助と東山千栄子を配しているのが実に巧いです。伊藤が演じるのは遠慮がちで少々気の弱い執事で、灰汁の強さが売り物の彼にしては珍しい役どころ。また、伊藤とは対照的に、東山は黒柳徹子のように立て板に水の如く喋る婆やが嵌っていて、使用人の立場にいながら主人に意見できるのも納得してしまいます。

 

そして、社長の娘役の芦川いづみが超絶の可愛らしさ!三島耕演じる真一が一目惚れするのも無理ありません。加えて真一が母親想いの好青年で、百合子とは絵に書いたような美男美女のカップル。人を見た目で判断しない点も、郷太郎からは好感を持って迎えられます。これに反して、ホテルフロントの責任者を演じる織田政雄は、あからさまに宿泊客を区別して、知らなかったとは言え、社長に数々の非礼を働くのが愉快。ホテルの下働きの左卜全は、とぼけた味の芝居がちょっとした息抜きの役割を果たしています。

 

宿泊客に目を転じれば、真一を誘惑する有閑マダムの宮城千賀子の図々しさが目を惹きます。また、この映画の音楽を手掛けた黛敏郎が自身の偽物に扮して、自虐とも思える音楽ネタを披露する遊び心も面白いです。序盤に出てくる高品格(若い!)は魚屋の御用聞きを演じ、未亡人である真一の母親に気がある素振りを見せるのが微笑ましいです。

 

前述した通り、この映画では中平康は脚本のみの参加。それでいて、才気煥発を感じさせる箇所が随所に表れています。話は予定調和のように進んでいきながらも、最後まで飽きさせずに見せるのは流石という他ありません。