山田洋次監督のデビュー作「二階の他人」を観て | パンクフロイドのブログ

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安倍晋三元首相が亡くなられました。哀悼の意を表すと共に、御霊のご平安をお祈り申し上げます。あまりにも突然の事でしたので、今でも呆然とした状態です。しかも、あのような形でこの世を去ったことが残念でなりません。安倍さんに関しては毀誉褒貶がありますが、日本の憲政史上に名を残す政治家の一人だったことに間違いはないでしょう。確固たる政治理念があったため、左派メディアから不当な攻撃を受ける反面、国内より海外での評価が高く、報道されなかった功績もいずれ世に知れ渡ることもあるでしょう。今はただ、死者に鞭うつような報道をしないで欲しいと願っています。

 

ラピュタ阿佐ヶ谷

はじめの一歩 映画監督50人の劇場デビュー作集 より

 

4月から6月にかけて開催されたラピュタ阿佐ヶ谷の特集は、50人の映画監督のデビュー作ばかりを集めたユニークなもの。以前にもラピュタ阿佐ヶ谷では『添えもの映画百花繚乱』という特集が組まれ、その特集では小林正樹監督の「息子の青春」と野村芳太郎監督の「鳩」といったデビュー作が取り上げられていて、記事にもしたことがあります。今回も山田洋次、大島渚、今村昌平といった大御所たちのデビュー作を観てきました。

 

製作:松竹

監督:山田洋次

脚本:野村芳太郎 山田洋次

原作:多岐川恭

撮影:森田俊保

美術:宇野耕司

音楽:池田正義

出演:小坂一也 葵京子 瞳麗子 平尾昌章 関千恵子

         須賀不二男 穂積隆信 永井達郎 高橋とよ

1961年12月15日公開

 

若い会社員葉室正巳(小坂一也)と明子(葵京子)の夫婦は、方々から借金して二階家を建てました。二人は二階を貸してローンの返済に充てる腹積もりですが、現在住んでいる小泉久雄(平尾昌章)と晴子(関千恵子)の夫婦は、賄付の下宿代を二ヶ月も溜めています。正巳がやっとの思いで催促すると目下失業中という返事に、正巳はやむ無く勤めている会社の守衛に小泉を雇ってもらいます。

 

そんな折、長兄の嫁と折り合いの悪い母のとみ(高橋とよ)が、葉室家に転がり込みます。とみは小泉夫妻と親しくなり、彼らの肩ばかり持つので、正巳には面白くありません。更に、小泉が折角世話した守衛の勤めを怠けていることを知り、正巳の堪忍袋の緒が切れます。正巳が立退を迫ると、小泉夫婦の態度が豹変し、葉室夫婦は滞納した家賃を諦めざるを得ませんでした。

 

下宿代を踏み倒した小泉夫婦が漸く引越し、とみが長兄の家に帰り、葉室家に漸く平穏な日々が訪れます。次の間借人来島泰造(永井達郎)と葉子(瞳麗子)の夫婦は、風呂場を要望し気前よく十万円を渡したため、正巳と明子は良い借家人が来てくれたと喜びます。

 

風呂場が出来上がった日、とみが再び葉室夫婦のところにやって来ます。正巳を含めた三兄弟が集って、今後の母の身のふり方について家族会議が開かれます。しかし、結論はなかなか出ず、結局とみは長兄に引取られることに。しかし、正巳は長兄に家を建てる時二十万円を借りていて、その返済を迫られます。彼はやむなく来島に金を借りて兄に返済します。ところが、正巳は帰宅途中の電車の中で、週刊誌に載った記事を読んで仰天します。その記事には、来島が五百万円を拐帯して逃亡したことが書かれていたからです、正巳と明子は煩悶した結果・・・。

 

原作者の多岐川恭は様々なジャンルの小説を書いてきた作家ですが、私にはミステリー作家のイメージがあります。殊に、直木賞を受賞した「落ちる」はニューロティック・サスペンスの傑作で、今も心に残っています。本作の原作も元々は推理小説だったようですが、これをコメディにした野村芳太郎と山田洋次の脚本が光る一本です。

 

配役も役者のキャラクターに合わせていて、気弱なイメージのある小坂一也は、間借人の家賃の取立てに押しの弱さを見せる会社員が似合っています。小坂の女房役の葵京子は顔立ちが好みで、貞淑な内助の功が好感を抱かせます。また、ロカビリー全盛時の平尾昌章にしても、一見人が好さそうに思わせて、ちょっと崩れた感じがロクデナシの男の雰囲気を醸し出しています。

 

小坂の上役にあたる須賀不二男は悪役顔が功を奏し、金を貸す代わりに人妻に言い寄る遣り口が好色そうでなかなかよろしいですわ。小坂の母親役の高橋とよも、賭け事に熱心な不良婆ぶりが堂に入っています。次兄の穂積隆信の風見鶏ぶりは、昔から芸風が変わっていないことを証明しニヤリとさせられます。こうした役者たちを適材適所に使いながら、山田洋次は新人監督らしからぬ達者な演出を見せます。

 

若い夫婦が背伸びして一軒家を建てた挙句、返済の負担を軽くするために怪しい間借人に二階を貸して苦労するのは、自業自得とも思えます。ただし、夫婦が終始真っ当な考えに基づいて行動するのが、後味を良くしていることも事実。来島夫婦から借りた金を踏み倒してもおかしくないのに、少しずつでも返していく意思を見せるくだりは、彼らが律義で道徳観のある人間であることを証明しています。

 

また、この映画は日本では家主のほうが借家人より立場が弱いことも物語っています。家賃を溜めてもすぐに追い出されないのは、日本らしい良い点がある反面、法律が悪用された場合、家主がどうしようもできない点は、映画上のこととは言え歯がゆい思いをしました。