「侍ニッポン 新納鶴千代」を観て | パンクフロイドのブログ

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ラピュタ阿佐ヶ谷

東映ビッグ・スタア大行進 痛快!時代劇まつり より

 

製作:東映

監督:佐々木康

脚本:小川正

原作:郡司次郎正

撮影:松井鴻

美術:鈴木孝俊

音楽:高橋半

出演:東千代之介 田代百合子 高杉早苗 原健策 加賀邦男 沢村國太郎 山形勲 坂東簑助

1955年3月13日公開

 

新納鶴千代(東千代之介)は大老井伊直弼(坂東簑助)の隠し子でしたが、元芸者ゆえに身を引いた母の由美(高杉早苗)の許で、何も知らずに成長しました。鶴千代は一刀流久木龍雲斎(沢村國太郎)の門下にあっては同門の佐野鉄之助(加賀邦男)と共に竜虎と謳われるほどの実力者で、加賀前田藩のお馬廻り役吉村左馬之助(山形勲)の娘八重(田代百合子)と交際をしていました。鉄之助達が幕吏の目を盗んで倒幕の動きをしている時でも、鶴千代は八重との逢う瀬を楽しんでいたのです。

 

由美はろ組の頭政五郎(原健策)を通じて、直弼に随時鶴千代の成長を報告していました。鶴千代から八重を紹介され時も報告をして、直弼も二人の仲には同意します。ところが、格式高い吉村家では鶴千代に両親が揃っていないからという理由で縁談を断ってきます。この理不尽な言分に何故か反駁しようとせぬ由美の態度に、鶴千代は初めて母への不信を募らせます。

 

八重が俄かに他家へ嫁ぎ去ってから、鶴千代の行状は荒み、師龍雲斎からも破門を宣告されます。その夜、道場仲間が開いてくれた宴会で、鶴千代は八重に瓜二つの芸者吉次(田代百合子:二役)を見初め、二人は急速に親しくなっていきます。由美は秘密の一端を明かして吉次との仲を諫めたものの、鶴千代は聞き入れません。

 

鉄之助等の暗策は機が熟し、ある日鶴千代は井伊大老暗殺の秘策を明かされます。同志になることを断れば吉次との仲を裂かれる故、鶴千代は返事を先延ばししていました。そして、三月三日決行の日が来た時も、迷いのあった彼は一行に加わることが出来ません。

 

その頃、吉次は彼を暗殺隊に加わらせたくないため、密かに由美の許を訪れ、二人が一緒になることを認めてもらおうとします。由美は息子と吉次が添い遂げられぬ理由を述べ、驚いた吉次は鶴千代の父親が井伊直弼であることを彼に報せに戻ります。真実を知った鶴千代は直ちに桜田門へ駈けつけるのですが・・・。

 

郡司次郎正の時代小説「侍ニッポン」は、戦前と戦後に伊藤大輔が手掛けた映画や、松竹において田村高廣主演で撮った作品など、何度か映画化されています。「侍ニッポン」の映画化作品を観るのは、本作が初めてと思っていたのですが、話が進むにつれ既視感があり、以前に岡本喜八&橋本忍コンビで三船敏郎を主演にした「侍」を観ていたことにハタと気づきました。「侍」は重厚感があり、見応えのある時代劇だったのに対し、こちらは東千代之介のノンシャランなキャラクターを活かした佳作となっています。

 

序盤は鶴千代と八重の交際が順調で、こちらも微笑ましい気持ちで二人の成り行きを見守ることができます。八重に関しては、母親の由美からの覚えも目出度く、使者を送って先方の両親に認めてもらおうとするところまで漕ぎつけます。ところが、八重の父親の吉村左馬之助は鶴千代が片親であることを問題視して、この縁談はご破算になります。鶴千代の父親が幕閣であるため、名前を出せないのが辛いところで、更に、鶴千代は父親が誰なのかも知らされていないだけに、余計に理不尽な想いをします。

 

このくだりは誰が悪い訳でもなく、吉村にしても封建制度の時代に父親が誰かも分からない者に、娘を嫁がせる訳には行かない事情も理解できます。頑固親父の似合う山形勲から撥ねつけられたら、そら抵抗できないでしょう。相思相愛の仲だったにも関わらず、女の父親に引き裂かれたことで、鶴千代の生活は荒れ、師匠からも破門を食らいます。

 

同門の鉄之助は、鶴千代の無聊を慰めようと芸者遊びをし、そこで鶴千代は八重にそっくりの吉次を見初めます。後に吉次は鉄之助の妹であることが判明し、鶴千代は鉄之助から井伊大老暗殺計画の仲間に加わるよう誘われます。鶴千代は八重や吉次の件を見て分かるように、良くも悪くも女に左右されるタイプ。天下国家を論じるよりも、女との恋愛を優先させる傾向にあり、彼は吉次と一緒にいたいが為に、のらりくらりと鉄之助への返事を躱しています。何しろ、断れば吉次と逢えなくなるのは目に見えていますからね。

 

由美は芸者にのめり込む息子を心配して、1年辛抱すれば仕官が叶うことまで打ち明けますが、鶴千代は聴く耳を持たず、吉次との結婚に固執します。出世を捨てて、好きな女と一緒になることを望む鶴千代は、ある意味、封建制度が崩壊しつつ、新たな時代が来ていることを映す鏡になっているとも思えます。由美も吉次のことを憎いと思って別れてくれと言っている訳ではなく、元々由美自身が芸者上がりであり、吉次の気持ちは痛い程理解できています。自身の事で息子の縁談が破談になり、今度は由美が芸者の吉次との結婚を拒絶する立場にいる図式が遣る瀬無いです。

 

鶴千代は井伊直弼暗殺の決行が下されても、暗殺に加担することを逡巡します。見方を変えれば、鶴千代のノンポリで軟派な面が、父親殺しという悲劇を辛うじて食い止めていたとも受け取れます。主人公を東千代之介に据えたのは大正解で、適度な甘ったれ感があり、女に溺れる若者役にはうってつけ。千代様以外の役者が演じても、ある程度はサマになるでしょうが、彼ほど役に嵌るとは思えません。

 

脇役では鳶の頭の政五郎を演じた原健策が良かったです。武士と町民の身分の違いから、政五郎は常に鶴千代に敬語で接するものの、お目付け役として成長を見守る姿が父親代わりになっています。また、井伊直弼を演じた坂東簑助も、歌舞伎役者として威厳に満ちていて、現在の時代劇に足りないもののひとつに、現在の役者が品格のある役を十分にこなす事のできない現状を痛感させられました。