欲望を剥き出しにした人間の愚かさを神が嘲笑う? 「人間の時間」を観て | パンクフロイドのブログ

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人間の時間 公式サイト

 

公式サイトより

休暇へ向かうたくさんの人々を乗せ、退役した軍艦が出航する。 乗客には、クルーズ旅行にきた女性(藤井美菜)と恋人のタカシ(オダギリジョー)、有名な議員(イ・ソンジェ)とその息子(チャン・グンソク)、彼らの警護を申し出るギャング(リュ・スンボム)たち、謎の老人(アン・ソンギ)など、年齢も職業も様々な人間たちがいる。大海原へ出た広々とした船の上で、人々は酒、ドラッグ、セックスなど人間のあらゆる面を見せる。荒れ狂う暴力と欲望の夜の後、誰もが疲れて眠りにつき、船は霧に包まれた未知の空間へと入る――。翌朝、自分たちがどこにいるのかわからず、そこから出られるのかもわからない状況に唖然とする人々は、生き残りをかけて悲劇的事件を次々に起こしていく。

 

製作:韓国

監督・脚本:キム・ギドク

音楽:パク・イニョン

出演:藤井美菜 チャン・グンソク アン・ソンギ イ・ソンジェ

        リュ・スンボム ソン・ギユン オダギリジョー

2020年3月20日公開

 

キム・ギドクらしいクセがあり、灰汁の強い人間ドラマになっています。密閉された空間の中で、人間の浅ましさと罪深さが露わになる上、韓国ノワール特有の容赦ない描写が加わるため、この手の映画を見慣れていない方には些かキツく感じるかもしれません。また、ツッコミどころが結構あり、寓話のつもりで観たほうがいいでしょうね。異空間の中で自己チュウになる点においては、佐藤肇監督の「吸血鬼ゴケミドロ」と同じ構造を持っているとも言えます。こちらのほうがもっとドロドロしてしますが(笑)。

 

退役した軍艦をクルーズ船にした意図は、武器を調達するのに好都合であると同時に、終盤に船が草に覆われるのを目にすると、そこに何らかのメッセージが込められているのも感じられます。閉ざされた空間で食料が限られてしまったことにより、船内は弱肉強食の世界へと変貌します。ただし、船が異空間に飛ばされる前に、船の中では無秩序な暴力、詐欺、淫行が蔓延っていて、危機的状況に置かれたことで、こうした蛮行がくっきりと表れただけとも言えます。

 

タカシはヤクザのボスに殺され、彼の恋人のイブはボスに味見された上で、議員親子に献上されます。また、韓国人のカップルも4人組の若者に襲われ、女性が輪姦されます。売春婦たちは船内で客を品定めし、その売春婦たちと船長を始めクルーがよろしくやっている最中に、船がとんでもない事態に見舞われる有様ですから、人間の愚行の末に成るべくして成った結果と思えてきます。人々が異常な状況に陥ったのは、ある意味、神が人間に鉄槌を下したとも受け取れます。

 

そんな欲望が渦巻く状況下で、老人が一人超然とした振る舞いを見せて、異質な存在感を示します。その老人は一切物を言わず、ただ黙々と草を植え、鶏を育てていきます。ロベール・ブレッソンの「バルタザールどこへ行く」におけるロバを神に見立てたように、この老人も神に例えているのかもしれませんが、最後までその正体は明らかにされず、観客の想像に委ねられています。

 

映画の終盤には、ヒロインがそれまでの世界をリセットして、新たな世界を構築しようとする流れになっています。ただし、キム・ギドクらしく一筋縄では行きません。人類に対して、辛辣で意地悪な面を覗かせています。人間は生まれ変わって楽園にいたとしても、結局のところ欲望を満たそうとする点は同じで、本質は変わらないことを神に見透かされているようにも感じられます。