前田通子が絶妙な境界線で爽やかなヒロインを演じる「女競輪王」を観て | パンクフロイドのブログ

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シネマヴェーラ渋谷

玉石混淆!?秘宝発掘! 新東宝のとことんディープな世界 より

 

製作:新東宝

監督:小森白

脚本:杉本彰

原作:竹森一男

撮影:鈴木博

美術:加藤雅俊

音楽:飯田信夫

出演:前田通子 江畑絢子 遠山幸子 沼田曜一 阿部寿美子

        江川宇礼雄 北沢典子 田原知佐子 杉山弘太郎

1956年11月21日公開

 

魚屋“魚清”の娘椎野美樹(前田通子)は父親を亡くし、母親と共に店を切り盛りしています。彼女は自転車ならば人に負けぬ自信があり、自分の夢を果たし、家族にも楽をさせたいと願っています。やがて、許婚の五十嵐健一(杉山弘太郎)には競輪選手になりたいと打明け、健一の父源造(小倉繁)に金を借りて競輪学校に入学します。

 

美樹は競輪学校で猛訓練を受け、卒業後に晴れてB級選手となります。美樹は一旦帰郷して店の手伝いをしていましたが、彼女のもとに千葉レースの通知が来ます。美樹は開催地の旅館で同期の好子(江畑絢子)、慧子(遠山幸子)と明日のレースの英気を養っているところに、古参の菊(加藤欣子)から呼び出しがかかります。

 

菊は先輩に挨拶に来ない3人を締めた上で、秋山選手(宮田文子)が明日のレースに敗れると馘になるので手加減するよう暗に仄めかすのです。しかし当日、美樹は一着になり、子供を抱えた未亡人の秋山は悄然と競輪界から身を引きます。美樹は勝利を喜びつつも、胸に微かな痛みを感じます。

 

美樹の肉体を狙うチャンピオンの倉本(沼田曜一)は、勝利の祝杯に彼女をデートに誘いますが、美樹は倉本に好意を抱く慧子を代りに仕向け、トレーニングに励みます。そのせいで、慧子は温泉マークの旅館に連れ込まれ、倉本に体を奪われてしまいます。美樹はその後も27連勝を記録し、源造に借りた15万円も利息をつけて返します。

 

源造は花屋の商売が不振の折、昔の親方の御手洗(江川宇礼雄)を訪ねますが、金を借りることができず、代わりに八百長レースに乗らされます。御手洗は倉本を脅して八百長を強要しており、倉本はその要求を呑み、落車して御手洗を儲けさせます。レースを見ていた御手洗は、源造の息子が美樹と婚約を結んでいるのを知ると、源造に美樹がミス競輪レースに負けるように話を持ち掛けます。

 

美樹はミス競輪レースの出場権がかかったレース中に、菊から妨害を受けて落車し、連勝記録を止められますが、写真判定の結果、出場権を得られます。そして新女王を賭けて、現チャンピオンの渋井三枝子(阿部寿美子)に勝負を挑むのです。

 

※ネタバレしていますので、ご注意ください

 

ヒロインを前田通子にした時点で、全てが良い方向に働いています。彼女のスタイルの良さが競輪選手向きと言うだけでなく、あざとく見えそうな行動でも、爽やかなイメージが掻き消しているからです。ヒロインの美樹の性格を端的に表せば、相手への取り入り方が巧みな上に、おねだり上手。

 

現在の女王である渋井や男子チャンピオンの倉本に弟子入り志願する点は、(結局美樹をライバルと認める渋井には弟子入りを断られるのですが)、臆面もなく相手の懐へ飛び込むのが寧ろ潔いですし、健一に対して結婚を引き延ばしたり、彼の父親に借金を申し込んだりする点はおねだりが上手いです。それなのに、嫌味を感じさせずに押し出しも強いところが得をしています。

 

女王の後釜を狙おうとする点においては、「イヴの総て」のアン・バクスターが演じたイヴと一致する点はあるのですが、イヴが殊勝に見えながら腹黒さを感じさせるのに対し、美樹には一切裏がなく、観る者に不快感を与えないギリギリの線で行動するのが絶妙なのです。昔のF1ドライバーに例えるならば、イヴは政治的な動きをして、周囲を巻き込みながら自分の思い通りにしようとするプロスト型。一方美樹は、勝利にこだわる姿勢が何かと誤解されがちなセナ型と言えます。

 

美樹は競輪の世界で成功するために、健一との結婚を先延ばしにします。婚約者の健一は、ある意味犠牲を強いられているにも関わらず、文句も言わずに美樹の思い通りにさせています。彼の辛抱強い性格もあるのでしょうが、美樹のフォローが巧みな面もあります。

 

健一が北海道に転勤になり、出発当日も美樹は倉本とバーで飲んでいます。何だよこの女と反発したくなると、倉本に気のある慧子がバーに現れ、この機に乗じてちゃっかり席を離れ、彼氏の見送りに行くのですから憎めません。その場その場で臨機応変に対応し、自分に有利な方向に持って行く点では、「無責任男」シリーズの植木等に通じるものがあります。

 

そんな彼女に懲りずにチョッカイをかける競輪選手が、沼田曜一演じる倉本。女好きのチャラい男で、それ位ならば大目に見ることもできるのですが、慧子を妊娠させておきながら、美樹を口説こうとする厚かましさはシャレになりません。おまけに、妊娠した女の身を気遣うより、自分の保身を優先させる下衆っぷりは、正に沼田曜一の面目躍如と言ったところ。

 

その後倉本は、女王を賭けた前田のレースを見に来るのですが、その姿は落ちぶれていて、おそらく八百長がバレて競輪協会から除名されたのでしょうね。この辺りも作り手が観客の望む演出をしていて、胸がスカッとします。

 

結局、レースは美樹が現女王を倒して、新女王となり、競輪学校に入学した生徒たちから憧れの目で見られます。その中から大胆にも、自分の名を名乗り慕って来る娘がいて、かつての自分を見るようで、追われる側に立った者の苦さの一端を味わいます。この点も「イヴの総て」を意識したような演出で、その換骨奪胎具合にニヤリとさせられます。

 

自分が勝ち続けたことは、裏を返せばそれだけ敗者を産んで来た事でもあります。美樹は、勝利が数々の敗者の犠牲の上に成り立ってきたことを自覚します。だからこそ、それまでの積み重ねを振り返った上で、あっさりと競輪の世界から身を引き、今まで苦労をかけてきた健一の胸に飛び込む展開も納得します。いずれにせよ、前田通子がヒロインでなければ成立しなかった映画であることは間違いありません。