「日本侠客伝 花と龍」「日本女侠伝 侠客芸者」を観て | パンクフロイドのブログ

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東京国立近代美術館フィルムセンター

生誕100年 木下忠司の映画音楽 より

 

戦後日本映画の黄金期を質量の両面において支えたのが、木下忠司。巨匠・木下惠介は彼のお兄さんにあたります。木下忠司の映画音楽はジャズ、ワルツ、シャンソン、マーチ、フラメンコ、流行歌など多岐にわたっており、プログラムピクチャーの中で真価を発揮してきました。私が記事に取り上げた映画の中でも、木下忠司が音楽を担当した映画の数は、おそらく一番多いのではないでしょうか。今回の特集では、木下忠司が手掛けた480本の中から60本を厳選して、彼の映画音楽の軌跡を紹介しています。

 

日本侠客伝 花と龍

 

 

製作:東映

監督:マキノ雅弘

脚本:棚田吾郎

原作:火野葦平

撮影:飯村雅彦

美術:藤田博

音楽:木下忠司

出演:高倉健 星由里子 二谷英明 藤純子 若山富三郎 

    津川雅彦 山本麟一 水島道太郎 小松方正 高橋とよ

1969年5月31日公開

 

玉井金五郎(高倉健)は、日露戦争で戦友だった大田新之助(二谷英明)を頼って、九州の炭鉱にやって来ます。金五郎は足を踏みつけたことがきっかけで、気性の荒い女・マン(星由里子)と出会います。やがて金五郎は、腕と度胸で山尾組の沖仲士たちの心を掴みます。

 

ある夜、マンの兄・林助(山本麟一)に誘われ、金五郎は新之助と共に賭場に行きます。そこには美しい女賭博師・お京(藤純子)が壷を振っていました。林助がスッカラカンになって帰ろうとした際、金五郎は賭場を仕切る組の者とサシで勝負し、有り金を全て賭けて勝負に勝ちます。また、石炭の積み荷作業を巡って、大村組との喧嘩でも活躍し、金五郎の株は益々上がります。

 

だが、その時の負傷が祟り、彼は寝込んでしまいます。そんな金五郎を看病するうち、マンは彼のことが好きになっていきます。金五郎は看病のお礼に、煙草を吸うマンにライターを贈ります。ところが、九州一の大親分吉田(若山富三郎)の馴染みの芸者がライターを欲しがったために、伊崎組の若い衆といざこざが起こり、止めに入った新之助が重傷を負います。

 

そのことを聞いた金五郎は、吉田に毅然とした態度で胸の裡をぶちまけます。吉田も「子分の非は親分の罪」と過ちを認め、素直に頭を下げます。しかし、この一件は同席していた伊崎(天津敏)を怒らせ、山尾組に仕事をさせないよう妨害工作を図ります。金五郎は山尾組を去らなければならなくなり、マンも彼について行きます。

 

それから3年が経ち、マンと世帯を持った金五郎は、永田組の助役になっていました。その頃戸畑では、若松の伊崎組を筆頭とする共働組合と永田・大庭組が牛耳る連合組合が対立していました。そんな折、永田組にパナマ船への積荷作業という大きな仕事が入ってきます。伊崎は永田組の角助(小松方正)を仲間に引き入れ、マンを金五郎に奪われた新之助を用心棒に雇い、永田組に対して積み荷作業から手を引く工作を始めようとしていました。

 

2年半前に中村錦之助と佐久間良子共演の「花と龍」を観ており、同じ火野葦平の原作を映画化しても、だいぶ趣きは異なっているように感じられました。一口に言えば、マキノ雅弘監督版のほうが、山下耕作監督が手掛けた「花と龍」より任侠色が強まっています。藤純子の女賭博師は、ピストル使いを含め矢野竜子を連想させますし、(途中から藤純子と二谷英明も加わりますが)金五郎が単身敵地に乗り込んで、親玉を仕留めるくだりは、任侠映画の王道の展開です。

 

マキノ監督が手掛けているので、相応のレベルには達しているものの、東映で数多く作られた任侠映画との差別化はあまり見られません。違いがあるとすれば、山本麟一の善人役くらいでしょうか。妹から金を巻き上げ博奕につぎ込むやくざな兄ながら、後に女房のために酒と賭け事を断ち、最後は水島道太郎を助けようとして、敵の刃に倒れる男は、普段のヤマリンでは見られぬ役どころ。そう言えば、津川雅彦は途中まで玉井金五郎を玉金と呼んでいるせいか、マンをおマンと呼ぶのに絡めて、卑猥なことを連想してしまいました(笑)。山下耕作の「花と龍」が素晴らしかっただけに、その作品と比べると、マキノ版は任侠映画の方向に流れた分、金五郎とマンのドラマが弱くなったように感じます。

 

 

日本女侠伝 侠客芸者

 

 

製作:東映

監督:山下耕作

脚本:野上龍雄

撮影:鈴木重平

美術:雨森義允

音楽:木下忠司

出演:藤純子 高倉健 若山富三郎 桜町弘子 三島ゆり子 土田早苗

    伊藤栄子 正司花江 藤山寛美 小松方正 寺島達夫 遠藤辰雄 金子信雄

1969年7月31日公開

 

明治末期の博多。馬賊芸者と評判の高い信次(藤純子)は、美貌に加え男まさりの気っぷと度胸が人気でした。鉱業会社の社長の大須賀(金子信雄)はそんな信次に惚れ、士地のやくざの親分・万場安次郎(遠藤辰雄)と手を組み、九州一の炭坑主にのし上がろうとしていました。

 

ある日、信次はなけなしの金で料亭に遊びに来た花田炭坑の作業員たちをもてなし、彼らを迎えに来た納屋頭の島田清吉(高倉健)と出会います。信次は金のことで清吉と口論になりますが、彼の男気にすぐに好意を抱きます。一方大須賀は、良質の石炭が出る花田炭鉱を手に入れようと、何度も清吉を口説くのですが、清吉は恩人の先代に報いるため、日本一の炭鉱にしようと誓って、大須賀の申し出を断っていました。

 

そんな折、信次はお座敷から帰る途上、遊廓から足抜けした男女を救います。男を清吉に預けた信次は、女を芸者見習いにして、二人を自由にするため、大須賀に話をつけに行きます。大須賀炭鉱で働く炭鉱夫への過酷な仕打ちに比べ、小さいながらも花田炭鉱の健全な現場に触れた信次は、彼らのために食事の支度をしたり、舞を披露したりします。

 

ある日、坂田陸軍大臣(若山富三郎)歓迎の宴が炭坑主たちの手で開かれ、清吉もその場に出席します。大須賀は酒の飲めぬ清吉に恥をかかそうとしますが、信次が清吉の代わりに大盃に注がれた酒を飲み干した後、見事な黒田節を舞います。陸軍大臣を見送った後酔いつぶれた信次を清吉が介抱し、二人の仲は益々親しくなります。

 

信次に恥をかかされた大須賀は、若松港の仲仕組合長を拘束し、花田炭坑の石炭積出しをストップさせます。そればかりか、信次の先輩芸者・粂八(桜町弘子)の旦那である炭鉱主を自殺に追い込みます。清吉は仲仕組合の事務員を説得し、組合長不在にも関わらず、石炭の積み出しの約束を取り付けます。その矢先、大須賀は万場組に命じて、花田炭坑にダイナマイトを仕掛け、炭鉱を守ろうとした3人の作業員が殺されます。いきり立つ作業員たちを鎮め、清吉はたった一人で大須賀邸へ向かいます。

 

このシリーズでは、ヒロインが芸者という縛りがあるため、必然的に「緋牡丹博徒」のようなアクションは封印されます。アクションに制約がある以上、藤純子ならではの見せ場を用意する必要があります。それが顕著に表れるのが、酒を強要された清吉の代わりに、信次が大須賀から大盃になみなみと注がれた酒を一気に飲み干すシーン。更に、酒を飲んだ後も黒田節を披露するなど、馬賊芸者の度胸と心意気を存分に見せます。

 

その一方で、清吉に許婚がいることを知って自ら身を引き、大須賀に石炭の積み出しを約束させる代わりに、(未遂に終わりますが)体を許すことで清吉の苦境を救おうとするなど、女心の切なさも前面に出しています。任侠映画の話の流れに乗りながらも、男女の機微をじっくり描くことによって、藤純子自身に斬った張ったをさせずに、彼女の主演映画として成立させているのは見事と言うしかありません。そうした点を踏まえると、同じ火野葦平の「花と龍」を映画化しても、山下耕作とマキノ雅弘では、映画の色合いが違ってくることも腑に落ちるのです。