このブログの上部にも、宣伝させて頂いてましたが、本日朝、特発性拡張型心筋症と戦ってらっしゃる宇野純平さんが、移植手術のため渡米されました。
人工心臓をつけて3年間も過ごされて、やっと手術が出来るアメリカに行く事が出来てホント良かったです。
次、日本に戻ってらっしゃる時には、元気な姿でお見かけ出来る事を祈ってなりません。
ドナーが早く現れて、手術が出来れば・・・と祈りますが、ドナーが現れると言う事は、どなたかが亡くなると言う事。
複雑な思いを抱えて、でも、ソレを待つしか治療の方法が無いといわれれば待つしかないのでしょう。
アメリカの方からすれば、どうして他の国の人間に自分の国の人間より先に、そのドナー心を分け与えるんだ?と言う意見も出るでしょう。
移植を受ける方だって、日本で移植が出来れば、ホントはソレが一番なのです。
言葉も通じない海外よりも、自分が長く入院していて気心の知れた先生と、看護師さんに囲まれていた方が安心だし、家族の負担だって断然軽いんです。
日本国内で移植が出来れば、年齢制限はありますが一応保険適用だし、ドナー臓器を運ぶ為のヘリコプター代とか色々な諸費用を考えて、300~500万程の金額で移植手術が出来るそうです。
では、どうして日本では実際問題として移植が出来ないのでしょう?
色々な問題点があるとは思いますが(脳死は人の死か等の倫理問題、臓器移植対象病院以外でのドナー意思アリの方が亡くなった場合の取り扱い等)、やっぱり、ドナーが海外に比べ圧倒的に少ないコトが上げられるんではないでしょうか?
一人一人が、実際にドナー意思を表示しなくても、「自分が死んだ後、ドナーになっても良いかな?」と一度真剣に自分と向き合って考えるコトをしてくれたら、もしかしたら、日本でもう少し移植が出来る環境が出来るのかも知れません。
そして、家族にその意思を表明しておくこと。
コレが無いと、死亡診断確定後も臓器提供が出来ません。
本当は移植ナシで治療が出来れば、一番なんですけどねぇ・・・
早く医学が進歩して、新しい治療法が出来る事を祈って止みません。