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Toshl/龍玄としさん関係が主だが、連想ゲームで脱線しがち。
ビジネスアカウント及び、ランダムなフォロー申請と思えるものは削除するんでよろしく。

N.B. 

ToshlさんもXも出てきません。本の話だけど、レビューとか役に立つ事は一切書かれていません。

 

備忘録。

 

一念発起して、読んでない本を読んでいこう!と思い苦労して1冊終え、2冊目もなんらかの関連があるほうが読みやすいかなと思って、「通信大学で勉強していたときに買ったものの結局読まなかった本コレクション」から1冊選び、土曜日(3月20日)に読了した。

 

Forms of Astonishment by Richard Buxton

 

ちなみにこれ、サイズ感がすごく好きな本なのだ。レコードのジャケ買いみたいな感じで本をサイズや装丁で買ってしまうことがある。

 

 

これはまぁ、established academicという感じの方が書いた本で、文章や語彙が時々「もちっとわかり易く書いてくれてもええんやで?」という事はあったものの、何が言いたいのか分からない、ということは読んでいるときにはなかった。文章単位では。

 

ところが、結局何をいいたいのかという事になると、一章読んで、え〜と、何が書いてあったんやっけ?みたいな感じで頭に残ってくれない。例証が山のようにあって、それらを辿ってるうちに何故それらが列挙されているのかの理由を忘れてしまうという。

 

それでもこの本は最後の6行で、「それが言いたかったんだ」と思えたのでまぁいい。<- 誰かのレビューでなく、ということね。1冊目と違って。

 

The metamorphic tradition expressed in narrative form the astounding, destabilizing irruption of divinity, and the existence of remarkable continuities between human life and the natural environment. Stories told i this traditin were a ay of articulating, and perhaps even partially coping with, the astonishing strangeness of life's outcomes.

 

コンパクトなハードバックで1ページに37行 x 252ページなのに、ここに辿り着くのに10日かかった。仕事が忙しかったせいもあるけど、1日に4ページしか読めない日もあった。

 

本当に本が読めなくなってる。ページ数は稼げても字面を追っているだけ、みたいな感じで、たまにすーっと意味が頭に入ってくることもあるが、稀である。集中力が続かない。忙しすぎて頭が疲れているのもあるかもしれないけど。

 

 

日曜日にそれでも、これは基礎トレである、と自分に言い聞かせて、何を読もうかと5冊くらい候補を並べ、次は読んであたまに入ってくるやつにしようと思った。

 

そこで、これまた通信大学のコースの参考資料に買い、その時役に立ちそうな章だけ読んだ本を選んだ。短いし、比較的読みやすそうだったからだ。

 

Homer on Life and Death by Jasper Griffin

 

写真や図版がまったくないけど、前書きを入れても210ページない。1ページ40行。全部で6章だけど、一章ごとに独立したテーマらしい。一章を一気に読めれば理解しやすいかも、と思うけど、長い章だと50ページあるのでいまの自由時間と頭の状態だと難しいかなぁ。

 

とか考えつつ、最初の章が一番ながくて49ページなので、今日頑張れば「一日一章」いけるかも、と表紙を開いたのが日曜日なわけです。

 

そして1ページで終わってしまった、と。いや、正確には2ページだけど。

 

題名のページと献辞のページ。前書きですらない。

 

なぜなら、題名のページにあった、この本を買って誰かに贈った人のメッセージと、献辞の下にあったギリシア語の一文を読み解こうと思ってしまったからだ。

 

これだ。

 

 

 

鉛筆でなにやら書いてあるのは、この本を買ったときにも調べたからだが、まだほとんど何もしらなくて、そのままの形で辞書で引いて出てくる単語くらいしか調べられなかった。そして字が下手くそだ。日本語でも英語でも下手。自分の字を見るの嫌。

 

ギリシア語のわからなさ加減は今回も似たようなもので、orzとなったのであるが、唯一、前回わからなかった省略形の「Βαλ’」が、βαλλω(to throw, cast, hurl, to shoot etc.) の過去形から来てそう、というのが想像できた。あと、Apollo of the silver bowにあたるギリシア語が辞書を引かなくてもわかったことだ。いや、前に書いた訳があるけどね。あとは、どれが主語でどれが述語がわかったくらいだ。

 

まず、iPhoneに入れてある翻訳アプリを試してみたけど、ギリシア語のアクセント記号などが入れられないからか、そのままの形で戻ってきてしまう。

 

無理だろうなと思いつつ、ためしに全文を今度は普通にググってみると、おぅ。当たりがあった。なんか、ギリシア語関係の本で、いろんな表現?を列記したような本の1ページがでてきて、そこにくだんの文章が載っている。

 

ん?

 

その横あった文字に気づく。原典を示しているらしい。

 

ギリシア語の小文字のηと数字の64。

 

エ、ウ、レ、カ。

 

オデュッセイアからの引用やん!

 

イーリアスとオデュッセイアはそれぞれ24巻に分けられており、昔はイーリアスの巻数にはギリシア語の大文字を、オデュッセイアには小文字を当てていたのである。今は、ローマ数字とアラビア数字が使用されることが多い。

 

本自体、ホメーロスの詩篇に関することだから、そもそもどちらかから引用しててもおかしくない。

 

アルファベットの順番がアルファ、ベータ、ガンマの後出てこないので、辞書アプリを開いて調べる。

 

7番目だ。

 

オリジナルのギリシア語に英語の対訳が見開きで載っているLoeb Classical LibraryのOdyssey上巻を引っ張り出して、7巻の第64行目を探す。

 

あったぁ〜〜。
 
(後継の)息子を得る事なく亡くなった若者の事を書いてある。娘が一人いたんだけど、娘は後継になれないのでカウントされないんですね、ハイ、ハイ。
 
22歳で亡くなった兄弟に捧げた本だもんな。お兄さんかな、弟さんかな、というので今度は著者をぐぐる。著者は1937年生まれなので、捧げているのは彼が25歳の時に22歳で亡くなった弟ということか。
 
Odysseyを読んでいてこの文章に行き当たった時、胸に来るものがあったのだろうな。
 
いや、でもさぁ。引用先書いてくれてもいいんやで? Od.7.64でいいから。それとも、この本の読者ならギリシア語なんかスラスラよめて、どこからの引用かもすぐわかるはずとでも?
 
ここでやめときゃいいのに、タイトルページの手書きのメッセージをなんとなく読んだら、いくつか読めないところがあって、それが気になって気になってしかたなくなった。
 
To Mark and Wendy
Happy memories of 
St Aristopher's Norn's? ?pee?
2004
Titus
Corpus Christi 04
 
かなぁ?
 
タイタスって人が、マークとウェンディって人に、St なんとかっていう学校だか団体だかでおそらく一緒に過ごした思い出に、2004年のCorpus Christi(聖体の祝日とかいうカトリックの祝日の日らしい)の日にメッセージを書いて贈った訳だ。この年のCorpus Christiは6月10日の木曜日だったらしい。
 
3行目がわからない。なぜか勝手にOxfordの古本屋で買ったと思い込んでて、最初、St. Aristopherとかいう学舎があるのかと思った。AristopherってAristophanesじゃあるまいし、あんまり聞かないなぁとじーーーーーっとその部分を眺めていて、はっと、St.Christopherか!と気づく。
 
しかし、最後の二文字がわからない。N...'s? ?.e?n? 考えられるのは、学校だかなんだかがあった場所か何か。NはNorthかと思ったけど、最後はsだろうし、点があるのはiだろうし。それに最後の単語の最初がわからない。最後はee?een?
 
St. Christopher Oxford でググってみる。St Christopher's Church of England Primary Schoolってのが出てくるけど、住所が違う。
 
なんかいろいろ試してたら、St.Christopher's Norris Greenってのが引っかかってきた。
 
おお。うん、Norris Greenと読めるな。LiverpoolにあるThe Children's Churchかぁ。そうか、たぶん、この本はAmazonで古本を買ったんだな。
 
マークとウェンディとタイタスは、この教会に子供の頃一緒にいってたとか、働いてたとか、なんらかの繋がりがあったということなんだろう。しかし、タイタスなんて名前の人、本当にいるんだ。
 
すっきりした。
 
この手の書き込みがあると本の値打ちは下がるらしいけど、私は好きだ。どんな人が贈ったのか、贈られた人は読んだのか、なぜ売りに出されたのかなどをちょっと考えてしまう。
 
とまぁ、そんなことをしていて日曜日が終わってしまった、という話。
 
そして今日は、なんか、何人もの持ち主の名前が書いてあった本があったよな、と思い出してそれを探し始めて本を読む時間がなくなってしまった。馬鹿だ。
 
その本の話はまたいつか。するかもしれない。
 
それじゃあ、「振り幅プレイリスト」でも聴きながら寝るかな。←「うっせぇわ」の次には「Nella Fantasia」が来る、みたいなプレイリストを作ったんです。…子守唄には向かねぇ、と気づく…。

 

まだ花園のTSは全部見れてないんすが、ひとまず、玄兄ィの「うっせぇわ」、むっちゃよかったっす。


オイラ的には、特に最初にマイクスタンドつかんでグッと腰を落とすところ、超絶カッコええ!と思いました。見てて思わず拳を握り締め、クォッだかフォッだか意味不明の音声を発しておりました。


「お茶の間〜」の煽りにマイクスタンド投げ。というか叩きつけやったらしいですね?カメラやカメラマンに当たらんようにちゃんと計算して三歩下がってから下に叩きつけたんやとか。


自分も熱くなって興奮のあまり、というのもええけど、それは若造。周りを興奮の坩堝に叩き込みつつ、自分は頭の隅で冷静に距離を測ってる、流石やなぁと感嘆しましたワ。



玄兄ィの荒ぶるパフォーマンスが終わった後、若いもんに、どうよ、おめ〜ら、とドヤ顔したくなりやした。周りに誰もいなかったのが大変残念です。


またぜひ、こういうのを公共の電波でぶちかましてやって下さい。押忍!


注)ロッカーToshl様が降臨すると出現するワタクシ中の玄兄ィ推しの徒弟Xが書いちょります。関西出身らしいですが、ハイブリッド日本語使いのようです。多めに見てやって下さい。

すみません。めっちゃくちゃどうでもいい話です。

 

最近、Toshl様がやたらめったら文章の最後に絵文字を突っ込んでこられますね?

 

「いかがでした☂️」とか

「もうへとへと、ヘロヘロ で🍉」とか

「今日はなかなかついてきてるではない🐸」とか。

 

「次は最後まで行っちゃって🖍」てなんやねん、と思ったら、クレヨンなんですね…。10倍くらいに拡大しないとわからない。

 

「ないの🥔」ないのじゃ(がいも)

「よか🕯」よかろう(そく)

「やる気あるのかコ🍜」やる気あるのかコラ(ーメン)

 

しつこい、しつこいです、としぴ by にゃんたろう、いや、🐶

 

これらを解読しているうちに、私の脳裏に、ある歌が流れて参りました。

 

これです。

 

森トンカツ (森と)

泉ニンニク (泉に)

か〜コンニャク(囲)

まれテンプラ(まれて)

 

静かニンジン(静かに)

眠むぅルンペン(眠る)

 

ブールー(ブルー)

ブルーシャトー(ブルーシャトー)

 

昔はやったと思われる、(多分)「ブルーシャトー」という歌の替歌です。いったい、いつ頃歌っていたのかも記憶の彼方すぎて思い出せませんが、現在、こいつが頭の中をグルグル回っております。お腹空いてきました。トンカツが食べたいです。

 

語尾を全部食べ物にしているところがツボです。おそらくそれもあって、ワタクシの脳裏に焼き付いたのはないかと思われます。惜しいことに、ルンペンはルで始まる食べ物が思い浮かばなかったのでしょう。ル、ル、なんかないですか。

 

としみつ少年がこういう感じの替歌を歌いながらランドセル背負って歩いている姿が目に浮かぶようです。

 

以上。