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pumpkinface59のブログ

Toshl/龍玄としさん関係が主だが、連想ゲームで脱線しがち。
ビジネスアカウント及び、ランダムなフォロー申請と思えるものは削除するんでよろしく。

注:全くXにもToshlさんにも関係ない記事です。興味ない方は回れ右した方が得策。

 

Toshlさんのあれやこれやは見ております。いろいろ書こうかなとはしたのですが、まとまらないまま時間切れで「今更感」満載になっていった理由の一つには以下の事情もあるのですが。

 

いや、つまり、時間がない!その理由。仕事以外に。

 

先日、部屋を見回していて、読んでいない本の数に恐れをなし、これはまずいと思った。2019年9月くらいからToshlさんやXの曲を聴きまくり、つられるように他の音楽もまた沢山聴くようになって知的生活が崩壊していることは以前も書いたが、本どころかオーディオ・ブックすら聞かなくなっているのである。

 

モノを減らそうとも思い、もう絶対読みそうもない本を始末するか、と思って本棚の前に立つ。

 

カバーのないハードバックの本がある。タイトル見なくてもわかる。何年か前に通信制の大学で勉強してた時に参考として購入したものの全く読まなかった本である。

 

タイトルを The Revival of Olympian Gods in Renaissance Art という。美術史のコースを取っていたときではなく、Myth in the Greek and Roman Worldsというコースを取っていたときで、ギリシア・ローマの神がどのように受け取られていたか、その変化について最低3つの違う時代を選んで考察する、というのがコース最後のお題であった。

 

私はアレスのイメージを主題に選び、ギリシア、ローマ、ルネッサンスを時代として選んで書くことにしたので、タイトルを見た時に、おお、ぴったしやんけ!と思ってアマゾンから古本を購入したのである。

 

ところが、時間がなかったというのもあるが、最初の数ページを読んでは放り投げ、ということを何度か繰り返した挙句にそっと本棚にしまったまま、その本はズーーーーーーーっと寝ておられた。

 

なんとなく、「負けたままでいいのか」という訳のわからない気持ちがふつふつとわき起こり、ワタクシはその本を手に取った。

 

いやぁ、読書はスポーツだと思ったね。慣れですよ、トレーニングですよ。

 

日本語でもだけど、英語で本を読むことがトンとなくなっていたので、とにかく進まない。1ページ読むのに時間がかかる、かかる。

 

本に入り込めない。主題、あるいは英語自体の問題かもしれないけど(なんか、めっちゃ周りくどく感じたのです)、一読して意味がさっと掴めない。

 

平均的なハードバックサイズの本で、1ページに40行だが、最初の日は7ページで力尽きた。

 

平日は夜、夕食後の1時間くらい、週末に2−3時間当ててボチボチ読んでいったのだが、最高でも1日に読めたページ数は50ページ。全244ページ(しかも図版や写真が沢山入っている)の本を読み終わるのに合計10日もかかり、かつ、感想としては「で、何が言いたかったん?」というものであった。

 

苦行であった。

 

検証するための例をあげるのは不可欠としても、なんだか同じようなことを繰り返しているような感じで、それで?それで?とちょっとイライラし、最後は、「え、これで終わり?」という尻切れとんぼ感があった。

 

それで、これはよほどワタクシの頭がアカデミックな文を読めなくなったのであろうかと思い、この本のレビューはないだろうかと探してみたら、あったので、それを読んでいたところ、タイトルに書いたように、3行で要約してあり、ああ、そうだね、と思った次第。

 

Freedman’s basic argument is that sixteenth-century artists interwove classical with non-classical elements when they depicted the Olympian gods because of their concerns about the Olympians’ status as false deities.

 

16世紀のアーティストがギリシア・ローマの神(オリンパスの12神)を(「個別の存在」として)作品化した時には、クラシカル(ギリシア・ローマ時代の)要素と、それ以外の要素を混在させたが、それは「信仰の対象であった異教の神の像」(を作成した)と取られることを避けるためである。

 

みたいな?

 

まぁ、「個別の存在」として作品化したというのはどういう意味か、とか、どのように受け取られたのか、とか、他にもいろいろ語ってるけど、言いたいのはそういうことね、という。

 

そして、時々、あれ?さっき書いてあったこととちゃうんちゃうん?と思うことがあったのだが、ノートを取らずに読んでいたのできっちり検証はできないままだった。

 

レビューでいくつかそういう点も挙げられており、自分の勘違いではなかったとほっとしたり。だから、「何が言いたいかよくわからない」という感想になったのかと思ったり。

 

これが10分の1のページ数でまとめてあったらうまく書けた学士/修士論文だなと思ったかもしれないけど、発売当時85ドルもしたらしい学術本としては中身が薄すぎる。

 

中身が薄すぎる、というか、ちょっとsloppyだなと。編集がもっとしっかりしていれば明らかにおかしな部分は削除あるいは整合性が取れるように書き直せただろうし、読みやすさにもつながったんじゃないかと思う。

 

面白いテーマ見つけた!そうだ、こういうことなんじゃ?!と閃いた学生が熱心にリサーチして書きました、という感じ。

 

偉そうにいってるけど、そういうことが多々あった訳ですよ、自分に。こういう時って自分の「説」を証明する「証拠」ばかり目につくようになるし、都合の悪い「証拠」は無視したくなるものだというのも学んだ。ははは。

 

大学の小論文なんかは語数も時間もないし、そもそも論文の正当性をみているわけではなくて、形式を正しく使っているか、論理的に破綻なく展開できているか、なんなら言葉のチョイスとか、とういう事を見ているので、都合の良い証拠ばかり集めたところでさほど問題ではないが(無論、多様性ある証拠を元に論を展開できている方が評価はよい。一応、情報の選択も考査対象になってたはず)、85ドルも取る本でそんな事しちゃいかんだろう。

 

それより、10日もかけて苦しんで読んだのに…orz。というのが正直な気持ち。

 

俺の時間を返せ!的な。

 

まぁいいや。ずーっと読んでなくて気になってたし、英文を読むリハビリにはなった。逆に言えば、参考にするつもりで書いていた小論文の役には全く立たなかったであろうことも分かったので、「あの時読まなくてよかったなぁ」と思ったくらいだ。

 

次は何を読もうか、思案中。

 

いやしかし、このペースだとこの部屋にある本を読み終わるのに一人生では足りないやん…。

 

題名のない音楽会2700回に招待されてのEverything。

 

朝起きたら、怒涛のTL。

有料テレビ番組視聴サービスにて無事、見ることかないましたぁ。画質はも一つだけど、iPhoneで見る分には文句はない。

今回含めての3回分、録画して送ってくださるという方がいるので、めちゃ楽しみにしておる。

 

また、いつまであるか分からないけど、YouTubeにも上がっていて(画像はちょっと横に引き延ばされてみなさん、より貫禄が出ておる)、音声がいい。なぜか、ピアノ教本併用音源というチャンネルに上がっている…。

 

「反田恭平とtoshiリスト風にアレンジされたEverything (MISIA)」という題名。説明には、ちゃんとToshlになってた。反田さんもチケットが手に入らないピアニストなんだ…。なぜか「尖ったピアニスト」のイメージがある。ちゃんと聴いたことないけど。←最後読んでくだされ。

ワタクシの感想は聴いてた順に、

  • ピアノ、リストの「愛の夢」?
  • いつもより抑えてんな〜Jazzy?
  • チェロとサックスも入ってきて、ウネウネとなんやめっちゃ歌いにくいメロディーになってきたで。
  • 4つ目の楽器として歌ってるような感じやの。
  • 高音はファルセットと違うのと(地声ともミドルボイスとも意見があるようだけど、どっちかとか分からん)使い分け。これも一人だけ前に出ないように?曲に合わせて?
  • 「ら行」の発音変えてる?
  • 抑えてるのに、たまに身中のマグマが噴き出すような「熱」と「輝き」が出るとこがやっぱロックやな。
  • よっしゃ来たぁ〜!(マイクスタンドアクション)
  • おぅ…終わり方が絶品…。
  • 最後がToshlさんの声だけやのに、響きの豊かさが、す、ば、ら、し、い。
  • Bravo! 違った、Bravi! 👏👏👏👏👏👏

実をいうとEverythingという曲自体はあまり好きでもなくて、以前ToshlさんがJazzyに歌っていたのも、もう一つ私の胸には響かなかったのだが、今回のはうぉう、なった(どういう感想)。

 

結構こういう曲あるな。聴き馴染んだというのもあるかもしれないけど、この人、変化・進化させてくるから、最初?と思っても、ある時パーンとハマることがある。そこが凄いな、と思う。とにかくやってみる、というところが。いろんなアプローチしてるだろうし、ハマったな、という曲でもそこで止めないでいろいろやってそう。


終わり方が素晴らしい、というのは前回のボヘミアン・ラプソディーでも感じたけど、あれはマエストロの力が大きかったように思う。今回はToshlさんが自分の声を自ら指揮して完全にコントロールしてる感が半端なかった(はい、タイトルとつなげました)。

ピアノ、チェロ、サックスのみになると途端に気持ちよくクラシックになる。Toshlさんの歌が入ると、時に異質で時に溶け込んで、最初聴いた時は正直、戸惑いもあった。

無意識に、Toshlさんの歌唱が主人公になるのを期待しているからだろうと思う。そして多分、伴奏を押しのけて声が前に出るような歌唱もできるはず。今回は、あえて四重奏を選んだのかな、という印象を持った。

ピアニストの反田さんの「ずっと鳥肌たってた」発言、マエストロの「最初から最後までロック」「インスピレーション受ける」、サクソフォニストの上野さんの「焚き付けられた」という言葉。

ああ、やっぱり「熱」だな、と。

スポンサーの出光興産の開催している音楽賞のCMが番組前に流れていて、(賞を取るのに)必要な資質はなんだ、「天性の才能」か、「恵まれた環境」か、「生まれ持った運」か、と問いかけてゆき、最後に「私たちは『熱』だと思う」と答えるのだが、私はこれを聴いた時に、Toshlさんやな、と思ったのだ。

そして、真剣にクラシックをやっている人たち(つ〜か、プロ!)にその熱が伝わっているんだな、と、それがなんかものすごく嬉しかった。反田氏が話している間、マエストロ鈴木がウンウン、とうなづいているのが映っていて、あれも嬉しかったなぁ。

 

今、反田恭平氏とマエストロ原田、N響のラプソティー・イン・ブルー聴き終えたんだけど、それこそ「熱」。こんなピアニストに鳥肌たった、と言わせたのか、と改めて凄いことだな、と思ったよ。

 

しかし、「おれ尻」。「題名のない音楽会」、お前こそロックや!


 

連投失礼します。

 

昨日はマジ、Fly Me To The Moonを無限ループしたのだが。

 

ここが好きだ!という細かい点を語らせて欲しい。

  • 最初のイン・ブレス。
  • 最初のパートの終わり、Let me transrate as I go alongの最後、優しく消えていくalongの後で Fly me to the Moon が勢いよくパーンと入ってくるトコ。<-すんません。スペルミスとかありました。alone-> along
  • Let me play among the starsのstars、Jupiter and MarsのMarsとかのar音の発声。
  • All I worship and adore のadoreの、特にdoreのクッと低く落ちて喉奥から出てくる深い音の感じ。←ここ特に好きなので赤にしました。
  • 直後の、In other word の掠れるようなファルセット。
  • Darling kiss me の後の、oh, oh。
  • 最後のWow wow oh oh oh oh ohhhhhhhhhhのロックな怪鳥音ロングトーン。
  • この短い曲の中で変幻自在に移り変わる声と歌唱法。
本当にこの人の声って、たまにゾクゾクするような色気を感じる。クネクネしたセクシーな歌い方とかじゃないし、男の色気というより、女性ジャズシンガーの醸し出す色気に近い。声の艶とか響きなのかなぁ〜。一曲通してではなくて、曲中にたまに投下されるので、どきっとして心臓に悪い。
 
英語の発音は「音が多い」(入れなくていい母音が入る?最後の子音止めが心持ち強い?)時があってネイティブじゃないな、というのはわかるけど、クセのないきれいな発音なので聴いてきて気持ちいい。Nが最後に来る時に「ンヌ」、という感じになるのは嫌いじゃない。
 
この曲ではないけど、New York State of Mindに出てくるnewsとかbluesのsがs発音っぽいけど、これは若干濁り気味(z)の方が雰囲気出るかと思う。特にblues。
 
以前も書いたけど、鼻音がことに美しいと感じる。この曲には出てこないけど、Heavenのvenとか。日本語を話す時も「を」とか「が」がきれいだと思う。「を」が "o" じゃなくてちゃんと "wo"、「が」が "ga" じゃなくてちゃんと ”nga" になってる。
 
発音といえば、Sarah VaughanのFly Me...聴いてたら、D音がJ音?になってる。ダーリンじゃなくてジャーリンみたいな。それがまたいいんだけど。