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pumpkinface59のブログ

Toshl/龍玄としさん関係が主だが、連想ゲームで脱線しがち。
ビジネスアカウント及び、ランダムなフォロー申請と思えるものは削除するんでよろしく。


昨日どうしても思い出せなかった英国人の詩人。Alexander Popeだった。
 
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/アレキサンダー・ポープ
 
17世紀末から18世紀の人だった。
 
思い出すまで調べるもんかと頑張ってみたけど思い出せないので、確かそやつの訳したIliadを持っていたはずだと本棚をあさって見つけ出した。
 
ちなみに、Iliadの英訳はポープも含めて違う人によるものを8冊くらい持ってる。実際に出版されたのはもっとあると思う。ここ数年でも3作くらい出ていて、それらはまだ持っていない。
 
もっとも、全編読んだのは「ホメーロスを読む」、というコースを取った時のテキストであったRichmond Lattimore訳のみ。あとは、Robert Faglesを少し。興味のある一説の訳を比べ読むということをたまにやってた。
 
で、くだんの前書きを読もうと思ったんだけど、1ページに50行の詰め詰めで16ページもあって、昨夜は3ページで寝落ちした。
 
最近、英語を全然読んでなかったので読むのがきつい、きつい。最近というより、随分前から仕事以外では音声にシフトしていて、小説もアカデミックなものもほぼオーディオブックとかレクチャーを聴く、ビデオレクチャーを見る、で済ませる事がほとんど。ここまできついのは18世紀初頭に書かれたものだというのもあるかもしれないけど、なんかもう、字面を見るのが嫌。
 
ど近眼に老眼も入ってきているので、目が疲れるんですよ。仕事は1日パソコンと向き合ってるし。
 
いや、ホント、英語の活字読むの久しぶりだわ。
 
やっと8ページまで読んで、ああ、ここだったかなと思う箇所が2-3箇所出てきたので、もういいか、と弱気になっているワタクシ…。ダメだ!最後まで読むんだ!後でね…。
 
それにしても、熱いよ、ポープ。ホメーロス褒めまくること炎の如し。熱弁を振るう様が目に見えるようだ。
 
私が、そこまで気づいているのに、これが書かれたものではなく、口頭で伝承された詩歌であるというアイデアは浮かばなかったんだな、と思った文章は、
 
...We oftener think of the author himself when we read Virgil, than when we are engaged in Homer; (略)Homer makes us hearers, and Virgil leaves us readers. (写真で黄色の付箋つけてるところ)
 
でした。ひとまず気になっていたことが片付いたので気持ちいい。
 

 

美菜子さんのブログ(↑)に入れたコメントで、スイッチが入る音がするようなプロ3人の集中力よ、と書いて思い出した、パバロッティの言葉。ジュリアード音楽院で行われたマスタークラスでの発言。←これ、ものすごく興味深かった。興味のある人はYouTube探してみてください。Luciano Pavarotti - Masterclass na Juilliard School of Music - Nova lorque - 1979 というタイトルで、Samuel Lucena という人がアップロードしている。

 

確か、大事なのは集中、そしてここから(と、胸を叩く)歌う事だ、ということを何度も言っていた。

 

褒めまくった生徒の一人(メゾソプラノ、Zehava Gal)の歌に関して、彼女はそこにいた(She was there) ともいった。この動画を、メモを取りながら見ていたのだが、ここの発言は、I'll say the most important thing (is?) concentration - she is(was) not here, she is(was) in another place と書きつけてある。つまり、今、観客や歌手がいる「ここ」ではなくて、歌の世界に入り込んでいた、という事だ。上記動画の1時間4分くらいから)

 

あの「闇に広がる」には、それがあったと思う。スーツ(しかもToshlさんに至っては桜色スーツにサングラス)姿の二人が、スイッチが入って歌い出し、原田さんが指揮するオケの演奏と相まって、確かに私を違う場所に連れて行ってくれたと思う。至福でした。3人のマエストロに感謝と賞賛を送ります。

このエントリーは、Toshlさんについてはかなり後半に一度言及しているだけなので、Toshloveさん達は読まなくてもいいと思います。興味のある人はずーっとスクロールして赤字部分だけ読もう。途中にチラと一回。最後に少し。完全にワタクシの備忘録です。タグとかつけたほうがいいのかな。書いていてだんだん興奮して、語調が変わっていきます…。

 

ToshlさんやXを聴くようになってから知的生活が壊滅的打撃を受けているという話は書いた。これはマズイ、というので先日2018年に始めたとあるプロジェクトを再開。あ、2018年の2月だか3月に知人の一言で羽生結弦選手のオリンピック演技を見たのがそもそもの始まりなんです。

 

Iliadという古い詩篇があるんですが、これを原語(古代ギリシア語)で読みたい、というのが長い間の夢で、何度も挫折を繰り返しながら2017年にやっと第1巻(610行くらい。全部で24巻)を最後まで読んだんですよ。読んだと言っても、学校で古典や漢文を読むみたいな感じで辞書やオンライン解説サイトとかあれこれ使いまくって。

 

う〜ん、やっぱり一語一語きちんと理解していないとダメだな、と思ってプロジェクト「Perfect Parsing」を始めたわけだが、150行くらいで止まっていた。

 

Perfect Persingとは何か!説明しよう。←誰も知りたくない。

 

これは、イーリアスの第1巻611行全単語の解析をするものである。何語あるのか知らないけど、1行に少なくとも8語はあるので、4500語くらいになるかと思う。何度も出てくる単語もあるので、あくまで述べ数の話。

 

解析は、語の種類、法、態、相、性、数、格などをどれに当たるのかを当てはめていくという作業。まぁ、単語の性格を全部洗い出していくという作業です。名詞や形容詞の場合は、男性・女性・中性のどれか、一人称、二人称、三人称のどれか、単数・双数・複数のどれか、nominative, accusative, genitive, dative, (vocative) のうちのどれか、をはっきりさせていくということです。動詞の場合はこれに法(命令法、とか)、態(能動、受動とか)、相(なんだっけ?ほらぁ忘れてるよ…。自制とアスペクト?)とかあって、もっと複雑になっていく。

 

古代ギリシア語文法(と言っても、ホメーロスのギリシア語、前5世紀アテナイを中心としたアッティカ地方のいわゆるクラシック、聖書に使われているコイネーとかいろいろある。私が勉強しているのは当然、ホメーロスのギリシア語)も基礎を一度通しただけで(一度通すのに何度挫折して何年かけたことか…)、2年間放ったらかしにしてしまったために、変格とかはほぼ脳みそから蒸発している。

 

やり直さなけりゃなぁ、と考えただけで萎えてしまって、ふと、イーリアスを冒頭から読み返しながら、一語、一語について解析しつつ、それに関連した必要文法事項をさらっていったらどうだろうと考えつき、途中で放棄した形になっていた Perfect Parsing Project (あら、頭韻踏んでるやん)を引っ張り出してきた次第。

 

ノートは残してある。

 

ようし、再開だぁ!と取り組み始め、1日目が3語で終了した…orzの気分。

 

Μηνιν ἄειδε θεα (Mehnin aeide thea) のみ、という…。

 

Mehninはまぁいい。これは忘れない。詩篇の主題だから。アキレウスの怒り、瞋恚(しんい、という日本語はイーリアスの土井晩翠訳で初めて知った。この訳はまさにherculean endeavour、凄まじい。ホメーロスの韻を踏んだギリシア語を見事な日本語の文語にしている。こんなことが可能なのかと震えてくるくらいだ。

 

Mehninは、Noun, feminine, accusative, single(名詞、女性形、対格?、単数)。「格」についてはギリシア語は英国で勉強したので日本語がわからない。主格、対格、属格ともう二つ、なんだっけ。忘れた。え〜っと、ググろう。あ、与格と呼格だそう。いやぁ、ネットって本当にありがたい。

 

引っかかったのはaeideだ。いや、verb, present, imperative, active, 2nd person, single (動詞、現在、命令形、能動態、二人称、単数)ってのはわかった。で、imperativeの文法説明を読んでいて、初めて、ああ、そうか!とどーんと腑に落ちた事があったのだ。imperativeって、文法書で勉強してた時は結構後半だったので、変格だけ覚えて、しっかり説明を読んでいなかったのかな。いや、多分知識としてはあった。それがガーンと頭殴られたみたいに理解できたわけですよ。エウレカモーメント。遅すぎるやろ!と自分でも思うけど。何年かかってんの、って話。

 

つまり、aeideがpresentであって、aoristじゃない理由。ということは、単発の命令じゃないってことだ。単発の命令や依頼というのは、例えば、(今)そこに座って、とか、そういうものだ。Imperativeの場合のpresent(現在)とaorist(過去)は時間軸ではなく、性質を語っている。簡単に言ってしまうとaoristは先に書いたように単発の出来事で、presentは習慣的なことだ。いつもしていること。英語でも、would とかでそのニュアンスを表すことはできるけど、ギリシア語というのはその辺がものすごく厳格で、たった一語にあらゆる情報が込められている。だから、ここでaeideと一言いうだけで、この命令・依頼がいわば習慣のようなものだということが即座にわかる。

 

そうなんだよ!ホメーロスは神の依代だから、イーリアスを朗唱する時には、「女神よ、いつものように私を通してアキレウスの恐ろしき瞋恚を歌いたまえ」と呼びかけ、願うことから始まるのだ。今回一度だけのお願いではなくて、これが「いつものように」であることが、aeideの一言でわかるんだよ!そうだよね?!っていう風に興奮するワタクシ。

 

もちろん、こんなことは最初に文法説明を読んだ時にしっかり理解していればすぐにでもわかることなのかもしれないけど、この部分が説明に引用されていたわけではないし、冒頭を初めて読んだ時の説明には、aeideは命令形です、と書かれていただけで、命令形については後でやります、ということで詳しい説明はされていないので、気づくわけもないのだ。

 

今回、こういう読み方をしたことで、初めて自分で気がついた、というわけ。この、「自分で気がついた」、大事。こういう瞬間がとても気持ちいい。レベルは低いけど、自分なりの知的興奮というか、脳内アドレナリンが出る瞬間。すごく楽しい。能動的に出る。Toshlさんの声や歌は、これが受動的に聞いてるだけで出るから嬉しいし楽しいし、困るわけ。自分で何もしなくても気持ちいいから癖になり、脳がどんどんlazyになっていく。

 

そのあと唐突に、ここ、Sing, goddessだよな。歌え女神よ、と言ってるよね。語れ、女神よ、じゃないよね。そうか、そうか、と改めて思う。これは現在ではほぼ学者の同意を見ているが、もともとイーリアスは楽器の伴奏を伴い謡われたものであるからとされている、その証拠でもある。でも、そこに行き着くまでに2000年とは言わないけど、それくらいかかってるんだよね。なぜ、そんなにかかったんだろう。

 

18世紀だかにホメーロスを訳したえーと、誰だっけ…、ほら、あの人なんか、そのprefaceで、そこまで書いてなぜ、書かれたものではなく、歌われたものであった、という考えが浮かばなかったのかと思うくらいなのに。このprefaceについては、詩人の直感はそれを捉えていたのかなと思った。

わけのわからん文章になっているのは固有名詞や事実がはっきり思い出せないからです。歯がゆい。ボケて来とんのか?とこういう時、マジで怖くなるけど、多分、頭の中に事実、知識を詰め込みすぎて、かつ、頻繁にはアクセスしない類なのでアクセスに時間がかかるからであろう。でも、調べようにも、名前が思い出せないので、調べようもないところがもどかしい!

 

なんとかいう英国の詩人が昔イーリアスを訳した時に自分で書いた前書き(今、「前書き」って日本語がやっと頭に浮かんだわけです。さっき浮かばなかった)の中で、それはイーリアスが書かれた詩篇ではなくて、歌われて伝承されたものだからだろう、と突っ込みたくなるようなことを言ってたな、ということは思い出せるんだけど、その人物の名前が思い出せないので、なんと書いたのかの検証もできない、というイライラマックス状況。誰か教えてくれ〜〜(泣)。←こういうの、思い出せるまでずーっと頭のどっかにある。で、数分後か数時間後か数日後にフッと浮上してくる。それを待つしかないのか…。Iliad, English translation で検索したら出てくるか。それも悔しい。ああ〜、名前、名前…。The Enlightenment時代だっけ?なんか、パロディ詩みたいなのも書いた人だっけ?グォォォ。名前出てこ〜〜〜〜い。

 

それはさておき、先日1日かかって3語しか進まなかった理由は別のところにある。aeideだから、singだよね、tellじゃないもんね、と考えたところで、いきなり、Tell me, Muse というフレーズが頭に浮かんだ。ん?あれ?なんだっけ、これ。…。あ、Odysseyの冒頭やん!IliadはSingやのに、OdysseyはTellやん!おいおいおい、原語でなんていってんの?ああ、だからOdysseyは西洋の「物語」「小説」の始祖とされるのかぁ〜。それで、Odysseyはホメーロスの娘が「書いた」という設定の小説が出てきたりするのかぁ〜。といったようなことが一気に脳みそにワラワラと沸き上り、あれこれ調べ始めて1日が終わったわけです…。て、3語いってない。2語で終わってる。しかも解決を見ていない…。

 

はぁ。3日の日曜日に、1日潰してそんなことしてたわけですよ…。てか、昔はこのようなことをよくやっていたわけですよ。大したことではないにしても、一応自分の頭で考えて、ググるだけにしても、知識を得るためというよりは検証するために自分で調べて、読んで、という作業を。

 

それをね、2年くらいやってなかったわけですよ…。2018年3月くらいに羽生結弦選手から始まって。それでも、彼の場合、翻訳のお手伝いを定期的にしていたので、結構頭を使っていたし、演技は見なきゃいけないので、そんなに長い時間は費やせなかった。目が疲れるから。通勤では電波入らないし、スマホに入れるとメモリを圧迫するし。

 

2019年8月以降は大変なことになっちゃったからね…。ライブ動画とかかっこいいから見たいんだけど、同じ理由でそんなには見ない。それどころか、動画から音声のみにコンバートして、ひたすら聞いてたりする。情報収集はむろんしたけど、ほぼ日本語だけで完結しちゃうから楽。一応、自分なりにいろんなことを考えてもみるけど、バンドの現状については考えても無駄というか、辛くなるだけだったりするので、今はどちらかというとあえて考えないようにしている。

 

聴くだけで幸せになれるからなぁ〜〜〜。よくないですよ、本当に。打つだけで極楽の麻薬に例えるのはそういうことです。その上、花園にまで足を踏み入れちゃって…ブツブツ。ま、ニコ生のとしチャンは今、怒涛の動画投稿でこんなお得なチャンネルないよ?って感じになってるからな…。それでなくとも回数多いし、最近、歌も多いし。

 

まだファンクラブは入ってないんだけど、何?としちゃん劇場?とかいうの。入ったら過去のものも見れるんですかね?歌ってるのが聞けたりするんですかね?それなら年会費は全然もったいなくないんだけど、銀行振込?が面倒で。一応、できないことはないんだけど。Paypalかクレジットカードで払えるんなら、もう入ってたんじゃないかな。

 

ファンクラブとかニコ生はToshlさんの懐に入るんならいいかな、という気持ちもあるね。ほら、昔のソロCDとか(今売ってないけど)、なんならX関係のCDとかダウンロードとか、いったいToshlさんの懐にいくらくらい入るのかな、と疑問なんですよ。あんまり入んないんじゃない?ライブDVD以外は入手出来るだけ入手したけどね。

 

ここ数年はカバーアルバムとか、本人名義でメジャーレーベルから出ているので、気持ちに曇りなく購入できていいね、うん。違法でも聴いちゃうと思うけどね…。YouTubeで見まくってるわけだし。

 

ああ、なんなの。全然関係ない話だったのに、結局Toshlさん関係で締めてるじゃね〜か、自分!日曜日からちょこちょこ書いてたけど、昼休み費やしたし!その上、Toshlさんについて書いてると、また歌が聴きたくなるという悪循環というか、墓穴というか。BGMでかけるか。じゃ、仕事に戻ります!チャッ!(敬礼してると思ってください)