ってタイトル書いたら、なんか「虎よ!虎よ!」という小説の題名が脳裏にひびいてしまった。これってウィリアム・ブレイクの「虎(Tyger)」から取ってるんだろうな。
想像力を刺激するタイトルってあるよね。
夜は千の目を持つ
とか
読んだことないけど。これは洋書の翻訳だっけな。同じタイトルのJazzもあるね。小説が元?
気になって調べたら、
同タイトルの小説がある。タイトルはFrancis William Bourdillonというイギリスの詩人の作品から。小説を元に映画が作られた。その映画の主題歌がJazzのスタンダードになった。
という流れらしい。
すんません、ムッチャ寄り道しとります。
本題に入ろう。
龍です。
龍玄兄貴の龍ですよ、みなさん。
ここ数日、作品の前にたつ兄貴のお姿をいくつか拝見しやした。絵のスケール感がヨックわかって大変嬉しかったです。
TwitterでToshloveさん達が上げてくれたニュース番組とかでもチラチラ見れたし、花園スペシャルでもかなり見れたし。なんですか、中には怪しい学術員の解説が聞けた幸運な人達もいるらしいじゃないですか。
私は本物はもちろん、カタログも持ってないし、本当に断片しかみてない。
でも語りたいんだよぉ。語らせろぉ。
ということで、実際に見てもいないのに語ります。
やっぱりね、四大龍ですよ。
金龍、炎龍、武龍、昇龍、いづれも甲乙つけ難し。
一番前に突き進むエネルギーを感じるのは武龍だ。破壊していく、ブチ破っていく感じ。左から右へゴリゴリと。色使いが凄い。私には考えつかない、という意味でも。
これ、何度かテレビ出演のバックに映っていたヤツだよね?明るい色遣いの楽しそうな絵だな〜とのほほんと見てたヤツ。パステルカラーやん。と思ってたヤツ。春らしいな、とか。それが、全容見たら、全然違った。黒がそこここに投げ込まれたことで印象が全く変わった。
金龍と炎龍は「和」を感じるんですワ。まぁ、西洋のドラゴンじゃなくて東洋の龍だから当然なのかもしれないけど、黒と白と金の金龍と、金と真紅の炎龍は「和」の色遣い。
金龍は、モノクロ+金と、色彩のスペクトラム的にはものすごく狭くてコントラストが激しいのに、なぜか華やかで優美な印象を受けた。龍も「ゆらゆら」動いているイメージ。
炎龍はもっとリズミカルに動いている感じがする。この作品もチラチラテレビ出演のバックとかに映っていたけど、その時は背景がベージュっぽく見えて、朱色に近く見える赤色との対比があまり美しくないなと思ってたんだけど、展示されている完成品は金屏風に朱色の龍みたいでめっちゃカッコイイ。
どちらもお寺のお堂とかに合いそうやん?
昇龍は以前も写真を見たことがあったけど、展示されている全体像を見たのは初めてで、躍動感がすごいと感じた。顔がこちらを向いているので、ウネウネと動きながらこちらに画面を突き破って飛び出してきそうな躍動感がある。
特に花園スペシャルの最後の方でToshlさんが観客のみなさんの前で話している場面で昇龍がよく見えるのだけど、照明のためもあって、まるで発光しているようだった。
他の作品も、着物帯とかに親和性があるデザインというか、色と構図だなと思った。横長なのもそいう印象を与えたのかもしれない。
色といえば、特に初期の作品は「闇」を感じさせる色使いだと感じた。赤と黒(スタンダールか)。マスカレイドのイメージカラーなんだろうけど。赤い三日月が二つ並んでるみたいなヤツ、複雑な赤。テクスチャーも凝っていて、あれ、見てみたいんだけどなぁ。
あと、やっぱりびっくりしたのは作品のスケールだなぁ。あれだけの大きさが必要だったんだな、と思う。
「運命」だっけ?あれなんかは心に開いたブラックホールって感じで下手すると引きずり込まれそうな感じなんだけど、四龍は逆にマグマのようなエネルギーが噴出してる。
う〜〜ん。なんていうんですかね。
何度か前に書いた、ライブで何万人もの観衆を煽って一気に熱狂させる「何か」。エネルギーというか、エネルギーを引き出して操る力と似たような物をちょっと感じたな。
だって、あのスケールの作品を描けるって、それだけでも凄いことだよ。やっぱり身のうちに凄まじいエネルギーがないと描ける類のものじゃないと思う。
あと、素直にすごいと思い、かつ不思議なのが、あれだけのスケールの絵を、バラバラのキャンバスに描いてどうやって全体像を俯瞰しているのかって事だ。
最初に並べて下書きしてるのかと思うけど、「武龍」なんか本人も全体を見たのは展示された今回が初めてと言っていたし、それでどうやって一つの作品としての統一感を把握してるのか。
抽象的な作品だからというのはあるけど、全体のバランスとかリズム感とかがないとやっぱり絵として成り立たない訳で。
そういう物を崩すような絵だとか、わざと無視したアートというのもあるけど、龍玄氏の作品はあくまで「絵画」だし、一見無作為な色とパターンの洪水のような「武龍」にも明らかに一貫するものはある。
というか、元々、音の世界を描く、だったな、と今頃思い出した。
ま、そんなことも忘れていたくらいだから、私の感想と彼の意図した物とは全く違うかもしれないけど、あらゆるアートは鑑賞者に差し出された時点で鑑賞者の参加をもって完成するものだろうから、違うのは当然だろう。
Toshlさんや、以前も見に行った方が今回絵が違って見えるというのも当然で、絵から受けるイメージは、見ている側の心を映すものだからだ。
それにはやはり本物の前に立たないとダメなのだ。
なので。
私も私の心を映してみたい、と気持ちがジタバタしている秋の今宵である。
ところで赤富士シリーズとか、初期のチイちゃい龍達とか、なんならにゃんたろうのイラストとか、あれもまたToshlさんなんだろうね。あれか、八重歯きらりんの笑顔が可愛い55ちゃいか、そうなのか。
武龍とにゃんたろうが同居する「龍玄とし」恐るべし。