GONG(ゴング) フランス (Part 1 of 2) | pulsar21

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Radio Gnome Invisible(ラジオ・ノーム・インヴィジブル)3部作 1973~74年

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King Crimson(キング・クリムゾン)が解散した1974年の暮れ、 約2ヶ月に渡ってGONGに参加していたBill Bruford(ビル・ブルフォード)


1990年3月1日 新宿センチュリー・ハイアットでのインタビューで、GONG時代の事を少し語っています。
「GONGは本当に好きだったよ。でもドラマーは信頼できない人で、8~9週間、彼らのやったツアーに代わりで入ったんだ。」
信頼できないドラマーとは、後日GONGのリーダーとなるピエール・モエルランの事を指している。ブルフォードにとってはクリムゾン解散後の空白期だったわけだからGONGに参加することも物理的に可能だったろうけど、絶頂期でありながら分裂状態にあったGONGを見て、もしかしたらクリムゾン時代の二の舞(リーダーのフリップがクリムゾンを突然解散してしまったこと)は嫌だと思ったのかもしれない。

Daevid Allen(デヴィット・アレン) 、フランスのビッグ・グループGONGの創始者であり、一時期グループを離れていたといえ現在でもカリスマ・リーダー。


1990年のライブ、この時既に52歳のアレン。3rdアルバムと4thアルバムから、特にアレン色が強い曲を演奏しています。

ライブ&インタビュー
それより19年前、3rdアルバムを発表した年の1971年、GONG最盛期に向かう前の 33歳アレン が見れます。

これらはGONGサウンドの一部であり、GONGはもっともっと多くの世界を見せてくれます。

一般的にGONGの最高傑作と言われている、1974年11月に発売された(発売日にはビル・ブルフォードが在籍していたことになる。)3部作最後の6thアルバム「You」から、名曲「Master Builder」、中間部からの盛り上がりがぞくぞくするほどかっこいい。自分はKing Crimsonの「Starless」後半部とダブってしまうところもあります。


http://www.youtube.com/watch?v=CKfTKNp_yUI 画像は動きません。

GONG(ゴング)、MAGMA(マグマ)( 過去記事 )、ANGE(アンジュ)( 過去記事 )と、70年代のフランスは カリスマ性を持ったリーダーのバンドが大人気 でした。

GONG=Daevid Allenだと思っていますが、Radio Gnome Invisible3部作の間だけでもサウンドが格段に変化し、翌1975年4月、アレンはGONGを抜けてしまいます。肉体的にも精神的にも疲れてしまったみたいですが、メンバー達が巧くなり過ぎた事も理由の一つらしいです。デビュー当時から あえぎ声ヴォイス担当 でバンドのメンバーでありアレンの上さんでもあった5つ年上の Gilli Smyth(ジリ・スミス) も同時期に脱退しています。彼女は2人の息子の面倒を見るため、という理由だったらしいですが。

GONGリーダーであるアレンの脱退は、 Soft Machine(ソフト・マシーン) 過去記事 )が最高傑作アルバム「Third」を発売し、担当であるヴォーカルパートも狭められ次の4thアルバムではヴォーカル・ナンバーが無くなり、自分の居場所ばなくなって4thアルバムで脱退したSoft Machineのリーダー、 Robert Wyatt(ロバート・ワイアット) に似ていると思います。アレンが脱退したGONG、ワイアットが脱退したSoft Machine、それ以降バンドは テクニック集団 となっていきました。

Soft Machineは1966年にヒッピーに傾倒して放浪の旅を続けていた オーストラリア人のDaevid Allenが中心となって 、イギリス・カンタベリーで結成されました。オリジナル・メンバーは、
  Daevid Allen(デヴィット・アレン) : Guitar
  Robert Wyatt(ロバート・ワイアット) : Drums and Vocals
  Kevin Ayers(ケヴィン・エアーズ) : Bass and Vocals
  Mike Ratledge(マイク・ラトリッジ) : Keyboards
  (最初の数ヶ月だけ、アメリカ人ギタリスト Larry Nowlinが居た。)
1stシングル「Love Makes Sweet Music(B面はFeelin' Reelin' Squeelin')」は、1967年2月17日に、この4人のメンバーで発売されました。(同じイギリスでは ビートルズがSgt.Peppers~を発売した1967年 )そして1967年9月パリ公演からイギリスへ戻る際、Daevid Allenは再入国を拒否されました。麻薬所持の為、ヒッピーに傾倒している、メンバーの内アレンだけがイギリス人じゃない(オーストラリア人)などの理由が重なったと思われます。

仕方なくDaevid AllenはSoft Machineを脱退し、伴侶となるGilli Smythとともにフランス・パリでバンドを結成します。
GONG結成は1969年 、「来る者は拒まず」の9人編成で、その年の秋には1stアルバムを発売しました。まだまだ未完成のサウンドがそこにありました。ただここでやっかいなのは 1968年5月の学生によるパリ革命 で、アレンとスミスは警察の目を逃れる為スペインに渡り、 Bananamoon というバンドを結成しています。1971年にはDaevid Allenの名義で発売されています。このアルバムは Robert Wyattをはじめとするカンタベリー人脈が多く参加していて 、同じ1971年にGONG名義で発売されたアレンのプライベート的な映画サントラを2ndとせず、BananamoonこそGONGの2ndだと言う人が多いみたいです。

さらに同じ1971年には、3rdアルバム 「Camembert Electrique(カマンベール・エレクトリック)」 が発売されています。このアルバムでアレン色の強いGONGサウンドは一応完成されたと言われています。一言で言えば、とても楽しいアルバムです。技術者集団への道を歩むのは次作以降となります。

KHAN(カーン) 過去記事 )を率いていた、イギリス人ギタリストの Steve Hillage(スティーブ・ヒレッジ) が加入した4thアルバム 「Flying Teapot(フライング・ティーポット)」 は1973年5月に発売されました。 SFファンタジー 「Radio Gnome Invisible(ラジオ・ノーム・インヴィジブル)」の始まりです。 ジャケットの絵はラジオの電波を使って交信してきた宇宙人がフライング・ティーポットに乗ってやってくるという事らしいです。ドラッグの世界にいたアレン&スミスが作る物語、内容はどうやら気にしなくても良さそうです。「Flying Teapot」が発売された前後、アレン&スミスは2ヶ月間、「ドラッグを克服するため」にバンドを離れてしまいます。ヒレッジも加入し、Virginレコードから初めてイギリスにも紹介され、バンドはこれからと」いう矢先に。

アレン&スミスが不在の間、新加入のヒレッジがリーダーシップを発揮し、 PARAGONG というバンドを結成していました。前述のブルフォード・インタビューで出てきたドラマーの Pierre Moerlen(ピエール・モエルラン) はこの時からの参加です。

1973年6月アレン&スミスが戻り、GONGは再開されます。PARAGONGのメンバー殆どが参加し、アルバム全体を管理しているのはアレン&スミスなのだけど、メンバーの演奏技術が格段にアップしていて、 バンドは超一流のジャズ・ロック・バンドへと向かっていきます。 3rd「Camembert Electrique」で多く見られた楽しいアレン色は次第に少なくなっていきます。バンドとしての最高傑作である6th「You」発売の翌年、アレン&スミスはGONGを脱退します。