ABBA | pulsar21

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            ARRIVAL 1976年11月 (4th)

1974年第19回ユーロビジョン・ソング・コンテストにて、2枚目のアルバムタイトル曲になっている「恋のウォータールー(Waterloo)」が優勝曲となり、その名が知られるところになったスウェーデンのABBA。4枚目のアルバムから「ダンシング・クイーン(Dancing Queen)」で全世界を制覇したABBA。心に残る良質のポップソングを作り続けた2人のB(ビョルン&ベニー)、日本のピンクレディーのお手本ともなった2人のA(アンナ&フリーダ)、ビョルンとアンナ、ベニーとフリーダ、2組のカップルの離婚でグループは衰退そして解散ということになった。

ABBAといえばこの曲!5枚目のTHE ALBUMから「Thank You For The Music」

アンナのボーカル、アニー・ハズラムと比べてしまう。美しい歌声、素晴らしいメロディ。

自分がABBAに最初に出会ったのは、4枚目のアルバム「アライバル」そして「ダンシング・クイーン」。ラジオで聴いてすぐさまレコード店へ走った。でもアルバムを買ったのは早すぎた。学校のクラスでこのアルバムの話をしたら、是非とも貸して欲しいと。自分も他の人からクリムゾンやカンサスなどのアルバムを借りたりしていたから、あまり考えずに貸してしまった。でもなかなか返却されずに借りた本人に尋ねると、「○○に貸したから」・・・えっ、所有者である自分は聞いていない・・・。最初に貸してから待つこと1ヶ月、結局××から返却された。××からは「10cc良いから聴いてみてよ」と頼みもしないのにレコードを持ってきてくれた。「愛ゆえに」確かに良かったけど・・・。

自分のレコード「アライバル」を開けてみると・・・幅1mmくらいの傷が1本、ラベルから外周まで抜けていた・・・。○○、××以外にも何人か経由したらしい。感想を聞かされたから。針飛びはしなかったけど「プチッ」が・・・戻ってきただけでもよしとするか、だった・・・。

キングとポリドールがユーロピアン・ロック・コレクションを発売した時に購入資金で大量に売り払ってしまったアルバムたち。その中に「アライバル」もあった。この傷物は売れたのだろうか。

ABBAのファンクラブにも入会した。まだオフィシャルになる前、有志活動ということになるのだろうか。手元に残っていないので記憶だけになってしまったけど、会報は確か手書きだった。コピーされている紙はわらばん紙ではなかったけど。現在みたいにインターネットでリアルタイムで行動がわかるわけではないので、ABBAの活動状況はこの会報が頼りだった。しばらく来日することもなく、高田馬場BIG BOXでライブビデオ上映会、そんなファンクラブの活動だった。

本国以外では何故かオーストラリアで一番最初に火がついたABBA。アメリカではダンシング・クイーンが発売されるまで相手にされなかった。日本ではABBAが売れるとわかった以上、レコード会社が黙っている訳がなかった。「ファンクラブはオフィシャルになります。」そんな通知が来た。会費を見ると倍以上、会報もカラフルになりもちろん手書きじゃなかったと思う。変更通知と一緒にシールみたいな景品も付いていたと思う。でも自分はオフィシャルには入らなかった。洋楽の世界に踏み込んだばかりだし、色々な音楽を聴いてみたかった。5枚目のアルバム「THE ALBUM」を最後にABBAのアルバムを買う事をやめた。今は無きレンタルレコードの「友&愛」が近所に出来たから、カセットの録音で済ませてしまった、という理由もあったけど。

ABBAが日本盤として初めて登場したアルバムが、大ヒット曲「ダンシング・クイーン」を含む4枚目の「アライバル」、1~3枚目のアルバムは「グレイテスト・ヒッツ24」の中にまとめられた。1→4枚目に移るに従って、ボーカルの比重がBからAに移ってきている。ABBAの前身はビョルン&ベニーというデュオ・グループ。1970年に発表された「木枯らしの少女」がヒットし、日本でも好評を得た。


ABBAのデビューアルバムにも入っていて、時代を感じさせるけどとても良いポップソングです。この曲のヒットがあったから、ABBAのデビューは2人の女性をバックに従えてという考えだったのでしょうね。アルバムを重ねる毎に男性ボーカルの曲が少なくなり、4枚目のアルバムでは唯一曲、それも曲半分だけ。ABBAというグループが売れてきた、曲を作っている2人のB(ビョルン&ベニー)は複雑な気持ちではなかっただろうか。そして奥さんである2人のA(アンナ&フリーダ)がピンク・レディーのお手本ともなったようにアイドル的扱いを受け、セクシーな衣装をまとい、2人のBはどんな気持ちでステージに立っていたのだろうか。あげくのはてに2組のABとも破局してしまった。ABBAの晩年は決して幸せな終わり方ではなかった。

ABBAには明るいダンサブルナンバーが似合う。3枚目のアルバム「ABBA」から。



フルアルバム再生リストは、 ジャケットをクリック で開きます。

イメージ 2 Ring Ring (ABBA 1st) 1973年3月発売
イメージ 3 Waterloo (ABBA 2nd) 1974年3月発売
イメージ 4 ABBA 3rd 1975年4月発売