1972年7月に発表された、新クリムゾンのラインアップ、ビル・ブルフォード、ジョン・ウェットン、ジェミー・ミューア、デヴィット・クロス、そしてロバート・フリップの5人編成。10月13日から3日間、フランクフルトにて初のステージを行った。11月10日から12月15日までイギリスツアーを行い、「クリムゾン第2のピーク」として各紙の絶賛を浴びた。
この時期のクリムゾンは、ジェミー・ミューアの強烈なパフォーマンス、血を吐き散らし、チェーンをふりまわし、何十種類ものパーカッションを即興的に連打する姿に引っ張られていた。そしてクリムゾンというバンドの特殊性、1972年11月13日ロンドン・レインボーシアターでの公演。演奏前に聴衆から
「早くやれ!」
という声が上がった。フリップが1人でステージに現れ、
「そういう客の前で演奏するのは願い下げだ。静かになったら演奏してやる。」
と不機嫌そうに語った。
「早くやれ!」
という声が上がった。フリップが1人でステージに現れ、
「そういう客の前で演奏するのは願い下げだ。静かになったら演奏してやる。」
と不機嫌そうに語った。
年が明け、「太陽と戦慄」のレコーディングが行われた。発売は1973年3月23日。一つの円環の中に閉じ込められ結合する太陽と月、それは男性原理の象徴である太陽と、女性原理の象徴である月との結合によって表された、物質と宇宙の完全性を言及する錬金術の有名なメタファーだそうです・・・魔術・呪術・錬金術などが含まれるこれらの話は、難しすぎてついていけない・・・。
そしてアルバムタイトル「Lark's Tongues In Aspic」。邦題は「太陽と戦慄」。直訳して「毒蛇に飲み込まれたヒバリの舌」という解釈もあるが、この訳は作品を聴く時に障害となる。
Lark's Tongues=ヒバリの舌→男根のメタファー
Aspic=ゼリーで肉や魚を固めた料理→女性性器のメタファー
という男性的性質と女性的性質の結合、という事だそうです。
Lark's Tongues=ヒバリの舌→男根のメタファー
Aspic=ゼリーで肉や魚を固めた料理→女性性器のメタファー
という男性的性質と女性的性質の結合、という事だそうです。
ロバート・フリップは語っている。
「キング・クリムゾンがこのほんのわずかな数年間のうちに何度もメンバーチェンジをやってきたのは、私も含めてみんなが絶えず不安定だったという理由による。信じられないかもしれないが、私もひどく不安定だった。私は何人かのミュージシャンが一つの単位として活動することにとても魅力を感じ、ただそのためにバンドを続けてきた。今はそれがとてもうまく行っているので、私がリーダーである必要は全くないと言ってもいいだろう。リーダーとしてあれこれ言うより、もっと微妙な方法でみんなに影響を与えていると思っている。私はちょうどグループの最小公分母のようなものだろう。」
「キング・クリムゾンがこのほんのわずかな数年間のうちに何度もメンバーチェンジをやってきたのは、私も含めてみんなが絶えず不安定だったという理由による。信じられないかもしれないが、私もひどく不安定だった。私は何人かのミュージシャンが一つの単位として活動することにとても魅力を感じ、ただそのためにバンドを続けてきた。今はそれがとてもうまく行っているので、私がリーダーである必要は全くないと言ってもいいだろう。リーダーとしてあれこれ言うより、もっと微妙な方法でみんなに影響を与えていると思っている。私はちょうどグループの最小公分母のようなものだろう。」
この時ジェミー・ミューアの脱退によって、グループがまた不安定になる事は、ロバート・フリップも想像できなかった事でしょう。
「太陽と戦慄」のレコーディングと併せて、2月10日からコンサートを開始した。この日、コンサート終了直前、ゴングを足に落としてひどい怪我をしたジェミー・ミューアはそのまま姿を消し、戻ってくることはなかった。
ジェミー・ミューアは6ヶ月という短い期間の脱退となった。
ライブに明け暮れた1973年。3月16日のイギリス・ツアーを皮切りに、クリムゾン初のワールド・ツアーが開始された。
1973年3月16日~3月25日(全 9回) イギリス・ツアー
1973年3月30日~4月 9日(全 9回) ヨーロッパ・ツアー
1973年4月18日~7月 2日(全44回) アメリカ・ツアー
そして長いロードの後にもかかわらず、8月の後半にはニューアルバム「暗黒の世界」の為のリハーサルも開始された。9月19日からは第2次ワールド・ツアーも始まる。
1973年3月16日~3月25日(全 9回) イギリス・ツアー
1973年3月30日~4月 9日(全 9回) ヨーロッパ・ツアー
1973年4月18日~7月 2日(全44回) アメリカ・ツアー
そして長いロードの後にもかかわらず、8月の後半にはニューアルバム「暗黒の世界」の為のリハーサルも開始された。9月19日からは第2次ワールド・ツアーも始まる。
「エネルギーがひどく降下してきた」 リハーサル中のフリップの言葉である。ジェミー・ミューアを失って、即興演奏が大きな位置を占める70年代後期クリムゾンのヴォルテージは大幅に低下していた。
第二次ワールド・ツアーが開始された。
1973年 9月19日~10月15日(全19回) アメリカ・ツアー
1973年10月23日~10月29日(全 6回) イギリス・ツアー
1973年11月 2日~11月29日(全18回) ヨーロッパ・ツアー
1973年 9月19日~10月15日(全19回) アメリカ・ツアー
1973年10月23日~10月29日(全 6回) イギリス・ツアー
1973年11月 2日~11月29日(全18回) ヨーロッパ・ツアー
ニューアルバム「暗黒の世界」は、ワールドツアーの音源をそのまま使用した。
「We'll Let You Know」は、10月23日グラスゴー公演
「The Mincer」は、11月15日チューリッヒ公演
「Fracture」「Starless and Bible Black」「Trio」「The Night Watch」のイントロダクションは、11月23日アムステルダム公演
その他の曲は、スタジオテイクである。
「The Mincer」は、11月15日チューリッヒ公演
「Fracture」「Starless and Bible Black」「Trio」「The Night Watch」のイントロダクションは、11月23日アムステルダム公演
その他の曲は、スタジオテイクである。
フリップは「イギリスでのツアーは消耗するばかりでロクな事がない」と何年も言い続けてきた。11月26日イギリスレインボーシアターの楽屋裏で、フリップが「もうイギリスじゃコンサートをやらないから」とうっかり関係者にもらし、それが翌週メロディ・メイカーに報道されたが、事実これがイギリスでの最後のコンサートとなった。
ニューアルバム「暗黒の世界」は、1974年3月16日に発売された。
ビル・ブルフォード(Bill Bruford) : Drums
ジョン・ウェットン(John Wetton) : Bass, Vocals
ジェミー・ミューア(Jamie Muir) : Percussions, Allsorts
デヴィット・クロス(David Cross) : Violin, Viola, Mellotron
ロバート・フリップ(Robert Fripp) : Guitars, Mellotron, Devices
ジョン・ウェットン(John Wetton) : Bass, Vocals
ジェミー・ミューア(Jamie Muir) : Percussions, Allsorts
デヴィット・クロス(David Cross) : Violin, Viola, Mellotron
ロバート・フリップ(Robert Fripp) : Guitars, Mellotron, Devices
暗黒の世界では、ジェミー・ミューアを除いた4人編成。
8分46秒。1972~74年のライブ演奏抜粋を繋げた動画。
曲目は、
(1)Easy Money
(2)Starless
(3)Lament
(4)Lark's Tongues in Aspic Part Ⅰ
(5)Starless
(6)Lament
(7)Lark's Tongues in Aspic Part Ⅱ
