SOFT MACHINE (ソフト・マシーン) サイケデリック時代(2nd発売まで) | pulsar21

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自分が最初にソフト・マシーンに触れたのは学生時代です。ビル・ブルフォード繋がりからアラン・ホールズワースを伝ってソフトマシーン8作目の「BUNDLES」へ。ホールズワース・ファンの友達がカセットにダビングしてくれました。し・か・し、なんだかわからず、しばらくソフトマシーンを聴く事はありませんでした。

数年前、「Third」を聴く事になり、なんだこのアルバムは!素晴らしい緊張感だ!とすっかり感激してしまいました。2枚組なのに4曲しかなく、プログレの大作に慣れ親しんでいた自分にとっては曲の長さは気にならず、むしろ歓迎しました。ギター、ないんだよね。管楽器の使い方、激しくそして優しく。キーボードは、エマーソンやウェイクマンの使い方とは全く違う。聴き終えた時は放心状態。このアルバムをもっと昔に聴いていたら、カンタベリーの音楽をもっと聴いていたかもしれない。今となっては残念です。

ソフトマシーンと言えばカンタベリーの名が出てくる。カンタベリー=ソフトマシーンのとりまき、という表現も使われるくらいに。カンタベリーはロンドンからそんなに離れていない。本国イギリスでは技術集団として高い評価を受けている。しかし日本では、雑誌の話題にはプログレグループと同等に並ぶものの、オンエアされる事が殆どなく、日本では日陰者扱いされてきた。彼らの演奏が、放送として流しづらかったのか、難解さが受け入れられなかったのか。

ソフトマシーンのスタートは、1964年に結成された THE WILD FLOWERS でした。1枚のアルバムが残っているが、1994年までは公にされなかった為、幻の名盤だった。録音は1965~69年と分散しており、実は ソフトマシーン結成が1966年 、1stアルバム発売が1968年、THE WILD FLOWERSから派生したもう一つのグループ、CARAVANの1stアルバム発売が1968年、THE WILD FLOWERSの活動はいまいちよくわからないが、2大グループがここから誕生したのは確かである。

THE WILD FLOWERS メンバー
ロバート・ワイアット、ケヴィン・エアーズ、マイク・ラトリッジ → ソフト・マシーン結成
ヒュー・ホッパー → ソフト・マシーンのロード・マネージャー(2ndから演奏メンバーとなる。)
リチャード・シンクレア、パイ・ヘイスティングス、リチャード・シンクレア → キャラバン結成
その他
ブライアン・ホッパー(ヒューの兄)、デイブ・シンクレア(リチャードの兄)

そしてオリジナル・ソフト・マシーンのメンバーはもう一人、ギターのデヴィット・アレン。1stシングルは1967年2月にこの4人のメンバー(ワイアット(ds,vo)・エアーズ(b,vo)・ラトリッジ(Organ)・アレン(g))で発売された。しかし その年の9月、麻薬常習のデヴィット・アレンは、フランスからイギリスへの入国が拒否 されました。やむなくアレンはフランスに残り、GONG結成へと向かいます。そして残された3人のメンバーは、ギターが抜けた穴を埋める事もなく、ラトリッジのオルガンでユニークなサウンドを追求し始めました。

1968年からジミ・ヘンドリックスの前座としてアメリカ・ツアーを敢行。5月から2度目のアメリカ・ツアーでは、後にポリスのギタリストとなる アンディ・サマーズ が同行した。ソフト・マシーンのメンバーはオルガン・トリオで行く事に不安を感じていたのだろうか。結局アンディ・サマーズはバンドとしっくりいかず、7月のツアー終了と同時にバンドを離れた。この時、もしギターサウンドが成功していればその後のソフト・マシーンはなかったから、アンディ・サマーズが失敗したのは良かった・・・かもしれない。

1stアルバムの発売は、ツアー中の4月。このアルバムはデヴィット・アレンとケヴィン・エアーズの持つサイケデリックなポップ路線が主であり、うねうねとしたサウンドが広がっていた。しかしこの1stアルバムは売れた。予想外の反響だったらしい。ツアーの連続に疲れた ケヴィン・エアーズ(b,vo)がこの年1968年の12月に脱退 しバンドは存続の危機だったが、レコード会社がグループの存続を呼びかけた。そして1969年4月に、2ndアルバムとなる「Volume Two」が発売された。
メンバーは、ワイアット(ds,vo)、ラトリッジ(Organ)、ヒュー・ホッパー(b)、ブライアン・ホッパー(Sax)の4人。
THE WILD FLOWERSのメンバーである。1stの発展形だが、ジャズ志向が強いホッパーの加入により、サイケデリックなポップからジャズ・ロック路線へのサウンド変更が行われつつあった。ただ1st、2ndではワイアットの力が強く、ヴォーカルナンバーが幅を利かせています。次作3rdの1曲のみで、ソフト・マシーンはヴォーカルナンバーとはおさらばすることになります。

ソフト・マシーン・オリジナル・メンバーだったデヴィット・アレンが結成したバンド、GONG。フランスのバンドなのに、カンタベリーとして認識されています。同じギターのスティーブ・ヒレッジ加入などでバンドが上手になってきた為、アレンは脱退しヒレッジが統率を取ります。やがてヒレッジも1975年末にやめてしまうわけですが。
スティーブ・ヒレッジ、その後はプロデューサー業にも携わっています。その中の1グループに  IT BITES  もあります。

ソフト・マシーンのメンバー達は、色々なところで見かけられるようになり、それがカンタベリー=ソフトマシーンのとりまきという表現につながっているものと思われます。そしてソフトマシーンのメンバーチェンジは、クリムゾンと似て数多い。それは絶えず進化しようとしていたバンドだからである。大まかな進化は、サイケ→プログレ→ジャズ→フュージョン、それぞれ 1st→3rd→6th→8thという感じで変遷しています。