
'71.12.3「アイランド」
ピート・シンフィールド (ボズ・バレルに向かって)「君は無知だ」ロバート・フリップ 「おいおい、そりゃちょっとひどいよ」
ピート 「いや本気だ。ぼくは疲れているし、頭もガンガンするし、言葉を和らげる気になんかなれないんだ」
ボズ 「ぼくだってノドは痛いし、頭だってガンガンする。それでも歌っているじゃないか」
ピート 「君はだから無知だっていうんだよ」
キング・クリムゾンは復活した。メンバーが揃い、4月12~15日西ドイツフランクフルトにて約16ヶ月振りのライブを行った。5月11日から3週間のイギリスツアーも組まれ、リハーサルを開始した。リハーサルの途中4月27日に起きた会話が冒頭の通りである。わざとふざけながら歌ったボズ・バレルへのシンフィールドの怒りである。ボズ、イアン、メルの3人は頭で音楽を考えていくようなミュージシャンではなく、フリップ、シンフィールドとは全く逆の性格を持っていた。頭脳として働くのはフリップとシンフィールド、それをボズ、メル、イアンの3人がフィジカルなステージ演奏で反映してもらう、フリップの構想だった。しかしこの時点からシンフィールドとボズたちの反目が始まっていた。
アイランドに含まれる「Ladies of The Road」、シンフィールドが低俗でダーティなバンドになったかを詩にしたものである。
1971年5月11日~6月2日にイギリス公演は行われた。殆どのコンサートが売り切れとなり、クリムゾン復活への期待の大きさが伺われた。その後7月20日から「アイランド」のレコーディングを開始した。
「アイランド」は10月初旬に完成した。8月9月もレコーディングの合間を縫ってステージに登場し続けたクリムゾン。10月にはこのメンバーでの2度目の国内ツアー「オータム・ツアー」を約1ヶ月間行った。コンサートは軒並み大成功を収め、各紙が絶賛する中で、8月27日シンフィールドは次のアルバムがフリップ・シンフィールドの最後の共作となる、とある紙面で発表している。これから新しいアルバムを発表しようとしている時にである。
11月10日、クリムゾン2度目のアメリカ公演が開始された。公演終了は12月11日、その間12月3日に「アイランド」は発売された。このアルバムはコンセプトに基づいて音楽を組織する、初期キング・クリムゾンの方法論が終結された事を物語っている。キース・ティペットへの接近などによりフリップが取り入れたフリー・ジャズへの方法論、ボズ・イアン・メルの音楽背景であるブルースとの相関も見逃せない。
ある紙面で評論家が、「アイランド」は最高の出来だがたやすく耳に入ってくるのが気になる、フリップは単純な生々しいロックではなく頭脳的で難解な音楽へ立ち戻ってほしい、「アイランド」の演奏は巧みだが、一方で冷たく無感動なバンドになりつつある、「アイランド」に欠けているものはあたたかさである、と評している。
フリップは音楽家としてのエゴをグループに投影したのではなく、置かれた状況を統合し、組織化する作業としてのリーダーであった。フリップはこう語っている。
「人々はいつもロバート・フリップの音楽はキング・クリムゾンのそれだと思っている。しかし実際には私はそれらの曲をキング・クリムゾンという特殊なバンドのために書いてきたに過ぎないのだよ」
「人々はいつもロバート・フリップの音楽はキング・クリムゾンのそれだと思っている。しかし実際には私はそれらの曲をキング・クリムゾンという特殊なバンドのために書いてきたに過ぎないのだよ」
12月13日、アメリカ公演から戻ったクリムゾンを襲った、ピート・シンフィールド脱退事件。これでオリジナルメンバーはフリップを残して全員脱退した事になる。フリップはこう語っている。
「言うべきことはもう我々の創造的な関係は終わってしまったと思っていることだ。私はもうピートを信頼してはいないし、我々がそれを個人的な厄介事に持ち込みたくない以上、正直なところ創造的な関係は終わったと表明するのが良かったと思う。我々が一緒にやってきたものにこれ以上二人で改良をくわえようとは思わないところまで来てしまった。・・・つまりそれは質の低下を招くだけだから。」
シンフィールドに首を言い渡したのはフリップの方。だけどシンフィールドは言われる前から了解していた。
「言うべきことはもう我々の創造的な関係は終わってしまったと思っていることだ。私はもうピートを信頼してはいないし、我々がそれを個人的な厄介事に持ち込みたくない以上、正直なところ創造的な関係は終わったと表明するのが良かったと思う。我々が一緒にやってきたものにこれ以上二人で改良をくわえようとは思わないところまで来てしまった。・・・つまりそれは質の低下を招くだけだから。」
シンフィールドに首を言い渡したのはフリップの方。だけどシンフィールドは言われる前から了解していた。
10月26日イギリス公演ポーツマスでの出来事。誰かがクリムゾンの車に口紅で「昔の曲をやれ、新しいのはつまらない」と書いた。フリップはイギリスの聴衆はバンドに対する評価は固定的でありすぎる、アメリカではバンドの演奏がどうだったか、という事のみが判断材料となるし、私たちはそれを望んでいる、と。しかし、聴衆の作り出したクリムゾンのイメージ、クリムゾン=フリップという図式が通用しないバンドの実像、そしてフリップ自身、3者の間にあるズレは収拾不能となっていた。
1972年1月15日、キング・クリムゾン最初の解散声明が行われた。2月からのアメリカ公演後に解散するというものだった。この公演の模様がライブ・アルバムとして発売される事も発表された。これが6月9日に発売された「アース・バウンド」だった。イアン・ウォレスは後に「アメリカ公演を機会に解散が取り消される可能性もある」と語った。しかし分裂は深まるばかり、5月に入ると、イアン・ウォレスが脱退し、続いてメル・コリンズとボズ・バレルは揃って新しいグループへの加入を表明した。
メンバー(アイランド発表時)
Robert Fripp : Guitars, Mellotron, Peter's Pedal, Harmonium
Mel Colins : Flute, Bass flute, Saxes, Vocals
Ian Wallace : Drums, Percussion, Vocals
Boz : Bass, Vocals, Choreography
Peter Sinfield : Words, Sounds, Visions
Robert Fripp : Guitars, Mellotron, Peter's Pedal, Harmonium
Mel Colins : Flute, Bass flute, Saxes, Vocals
Ian Wallace : Drums, Percussion, Vocals
Boz : Bass, Vocals, Choreography
Peter Sinfield : Words, Sounds, Visions
Robin Mille : Oboe
Mark Charig : Cornet
Harry Miller : String bass
Keith Tippett : Piano
Paulina Lucas : Soprano
Mark Charig : Cornet
Harry Miller : String bass
Keith Tippett : Piano
Paulina Lucas : Soprano