私が大学8年生になる直前に
I教授は定年で退官された
退官記念の最終講義でも
私は教授の吸入器を押していた
この人のおかげで
私の大学生活は180°変わったのだ
教授との3年間を振り返り
万感の思いで送り出したのだった
教授はその後,私立大学に移り
さらに10年間,研究を続けられ
21世紀を目前にその生涯を閉じられる
さて,いよいよ私の最後の挑戦が始まる
同じI教授のもとで学んだ先輩で
調査官をなさっている方を訪ねてみた
部屋に通されると,そこは研究室だった
しかも,歴史を感じさせる古い建物の中
これまたレトロな本棚と,難しそうな本が
ずらりと並んでいる
そこにこれまたレトロな大きな机と
応接セットが置かれている
(かっこいい!)
(こんな部屋で仕事ができるんだ)
なんとしてでも合格したい!
私は決意をあらたにした
まずは出願である
私は,東京家庭裁判所に向かい
受付の2時間前に行った
どうしても受験番号「1番」が欲しかった
誰か並んでいるだろうか
長蛇の列ができていたらどうしよう
などと思いながら近づくと
……そこには誰もいなかった
2時間待っている間も,誰も来ない
受付時間が来た……何も起きない
もしかすると,日付を間違ったか?
人生最大の凡ミスか!?
と,いぶかりながら裁判所に入り
受付で聞いてみることにした
「調査官試験の受付はこちらですか?」
すると,私の顔をじっと見た係官が
「あれ?今日からだっけ?」
と後ろの人に振り返って聞いている
「そうそう!今日からでしたね」
ごそごそと受験票の準備を始める
(おいおい,大丈夫か?)
表紙抜けもいいとろだったが
受験番号「1」を無事にゲットし
とにかく自分のやる気を奮起させた
結局,受験番号は800番台ぐらいまであった
だから,その後多くの人がここに来たのだ
でも,並ぶ暇人はいなかったのである
7月初め(今はもっと早いらしい)
一次試験の一般教養は危なげなくクリア
その発表を見に行って気がついた
受験番号「1」の特権は,
掲示板の左隅の占拠である
いの一番に自分の合否がわかる
8月,二次試験の専門科目は
「〇〇について論じなさい」という課題
科目ごとに3つほどのお題があった
私は本の索引を見て勉強を進めていた
索引には専門用語が五万と並んでいる
その一つ一つの用語の意味を
自分の言葉で表すことができるかどうか
そういう勉強をしてきたのである
張り詰めた緊張感の中で
原稿用紙と格闘し続けた
あの日の疲労感は
今でも色濃く記憶に残っている
自分の持てるすべての知識を絞り出す
自信のないものでも,とにかく手を動かす
終わったときには,もはや抜け殻だった
戦いは終わった
そして2週間後(←これも記憶)
二次試験の発表のときを迎える……

