「死後の世界」を確信するような出来事は

間取り図をつけて,詳しく書こうと思う


私の「第二の学生生活」は極めて順調だった

 

研究室にいると,新任の教官が挨拶にくる

「どうしたのですか?」と聞くと

「上司の○○教授にいわれまして」

「はぁ,それはごていねいに…どうも」

 

私は困惑気味に応えたが,7年生ともなると

完全に教育学科のヌシだった

 

カウンセリングの始祖カール•R•ロージャズ

にも国際会議で会うことができたのも

この年である

 

でも、集団で会ったので「見た」に近いし

通訳なしなので、何を言っているのか

さっぱりわからなかった

 

ある教授とマンションをシェアをして

週末だけ、実家を離れることになった

当然、部屋は学生たちのたまり場になる

 

お金はなかったが,焼酎の一升瓶を空け

大根だらけのおでんをつついて

朝まで語ったり,麻雀をしたり

 

まさに青春真っ只中だった

 

 

教会では,まだ教会委員を続けていたが

私の心は,徐々に信仰生活から離れていった

 

教会から子どもの姿が消えていったのも

この時期である

 

それは,私の気持ちが離れたからではない

 

当時、世間に爆発的に広まりつつあった

「あるもの」が

子どもたちの楽しみを家庭内に向けさせ

外に出ることを強力に拒み始めたのである

 

その「あるもの」とは

 

 

ファミリーコンピューター!

 

 

あの赤い物体の魅力汚染力はすさまじかった

あれだけ盛況だったキャンプも

参加者が激減し

私たちスタッフからも活気を奪っていった

 

私はゲーマーだったが

ファミコンは買わなかった

いや,実際は「買えなかった」のである

 

 

毎日は充実してはいたのだが

自分自身に避けられない分岐点が

近づいているのも事実だった

 

こんなことばかりは,していられない

 

仕事につかなければならない

これでは欲しいものも買えないし

家族を養うこともできない

 

教育学科に移ったときから

既に教師の道は諦めていた

 

植木屋になる道も断ってしまっていた

 

……では,どうするのだ

 

人よりも社会に出るのが4年も遅れている

 

彼女はいる その両親とも会っているので

何とか形をつけなければいけない

 

未婚者は一人前とみなされない時代である

 

一般企業への就職は、もう無理だろう

 

ネットなどない時代,私は必死に探した

 

そして,私はある魅力的な職業を見出すのだ