S先生と私は、小さな座卓をはさんで向かい合っていた。
「何から始めましょうか?」
「一次関数がわからないので…」
「では、初めからやってみましょう」
私が問題を解く。S先生が丸をつける。
「おできになっています」
「合ってますね」
わからないところにくると、
「先生、これは?」
「こうすると…はい、おできになっています」
私とS先生の会話は、ほぼこれだけであった。
そして2ヶ月後、
「もう私が◯◯さんにお教えすることは何もありません」
とおっしゃり、私はS先生のもとを離れたのである。
そして私は、2学期の期末試験の数学で、98点をとったのであった。
私はほぼ何も教わっていないのである。
かたっぱしから問題を解き、丸をつける。
これをひたすら繰り返しただけなのである。
実はここに学習の原点があった。
人から習って「わかった」ものは忘れやすい。
しかし、自分で解いて「できた」ものは確実に身につくのである。
私の生徒の中にも、すこし説明しただけで、
「もうわかったから次を説明して」
と、ノートも取らずに先に進もうとする者がいる。
まったく成績が上がらない典型である。
成果を上げる生徒は、私に説明をさせない。
「自分でやってみるから黙ってて!」
「先生が解いてしまったらできないじゃない!」
と怒ってしまうような生徒は、青天井で伸びていく。
もうひとつ別の要素がある。
S先生は、向かい合ってお座りになると、藁半紙の束をテーブルに置き、
藁半紙にボールペンで大きな図をかき、問題を解いていらした。
藁半紙とはなにか?今でいう「リサイクルペーパー」といったところか…。
とにかくその姿がカッコよかった(^-^)!
私は早速藁半紙を買ってきて、黒のボールペンで問題を解き始めたのであった。
それだけで、なんだか立派な数学者になった気分がしたものである。
あらゆる世代の学習に通じるものだが、
できるようになる人の最大の特徴は
「素直さ」である。
よいと思ったものを無批判に受け入れる素直さ。
年長者を忌避するより模倣ができる素直さ。
私は親に対しては反抗したが、
他者に対しては、たいへん素直な人間であった。